第4章 4 遠征調査
その頃、迅たちは湯煙の森へと足を進めていた。
立ち上る熱気のせいで、視界はゆらゆらと歪んでいる。
その横をすり抜けるように、紗良が温泉の源へと駆け出した。
ぷかぷかと湯に浮かぶ猿たちにカメラを向け、何枚もシャッターを切る。
「めっちゃ可愛い……!
これ絶対バズるよ……うん!」
撮られている猿も、どこか誇らしげだ。
中には、画角を気にしてポーズを取っているように見える個体までいる。
――撮られ慣れているのだろうか。
(こんなところで油を売ってて大丈夫か……?)
空は少しずつ赤みを帯び、夕暮れが近づいている。
迅は意を決し、温泉エリアへと足を踏み入れた。
ざぶん、と音を立てて湯を割ると、猿たちが一斉に逃げ出す。
「あー、逃げちゃった……」
「猿もいいけどさ」
迅は苦笑しながら言う。
「そろそろ、奥目指さないか?」
「はーい」
紗良も渋々、温泉に入ってくる。
「わー、動きづらっ!
底がぐにぐにしてる!」
「長年溜まった温泉成分が、
固まらずに滞留してるのかもね〜」
美咲はすでに湯の中に入り込み、木の隙間や底をかき分けながら、珍しいものがないか探していた。
時折、綺麗な魚や小動物が姿を見せるが、
スキャンしても既に発見済み――価値の低いものばかりだ。
「珍しいの、なかなか見つからないね」
「ここら辺は、冒険家がよく来る場所なのかも!」
それでも美咲は諦めない。
「でもまだリリースして四ヶ月だよ?
見つかってないデータ、絶対あるはず!」
その熱意に引っ張られるように、紗良と迅も周囲を丁寧に観察しながら、森の奥へ進んでいく。
気づけば、すっかり夕暮れ。
アバターの疲労値と食料値は、半分ほどまで減っていた。
――そろそろ引き上げるか。
そう考え始めた、その時。
迅は、湯煙の向こうで**淡く光る何か**を見つけた。
「美咲! 紗良!」
二人を呼び寄せる。
近づくと、煙の中に佇む白い蕾が見えた。
夕暮れは夜へと移ろい、
月明かりに照らされて――
蕾は、ゆっくりと花開いていく。
月のように淡い黄色の雌しべ。
三日月のように、ほのかに光る花びら。
美咲は、壊さぬよう両手で包み込むように採取した。
スキャンをかける。
――照合エラー。
未発見の植物だ。
3人はハイタッチをして喜ぶ。
「やった……!」
美咲は花を大切にウインドウへしまう。
「よし、帰ろっか」
紗良の言葉に、二人は静かに頷いた。
---
その夜――宿屋にて。
「あ! アナマさんだ!」
美咲が、ソファで休んでいるアナマに駆け寄る。
その隣には、幸薄そうな線の細いアバターと、ハイエナのような目つきの獣人が座っていた。
「あ、お昼に会った子たちだ!」
「美咲ちゃん! 迅くんと紗良ちゃんも!
おかえりなさーい!」
アナマが柔らかく微笑む。
「初めての冒険、どうだった?」
「最高です!」
即答だった。
アナマはグッジョブのエモートを返す。
「これ、見てください!
新しく見つけました!」
美咲が差し出した花を見て、アナマは目を見開く。
「……えっ!?
これ、**冬月草**じゃん!」
「すごーい! よく見つけたね!」
ぱちぱちと手を叩き、心から褒める。
「冬月草……」
大地がへなへなと崩れ落ちる。
「……あんなに苦労したのに……
新人に抜かされたぁ……」
サルトーは、隣でにやにやしていた。
状況が飲み込めず首を傾げる美咲に、アナマが慌てて補足する。
「あー、気にしないで!
この子も冬月草狙ってたんだけど、
猿ばっか追いかけてて自業自得なの」
迅がちらりと紗良を見る。
紗良はそっぽを向き、聞こえないふりをしていた。
美咲は少し考え――
冬月草を、大地に差し出す。
「……え?」
「必要なら、あげますよ」
「あー、それじゃ意味ないの!」
アナマが慌てて止める。
「彼は昇級試験用の“データ”を探してるの。
譲渡されたものは提出できないの」
美咲は少し考え、
ウインドウを開く。
花を見つけた時刻、天候、位置、環境――
状況を丁寧にまとめ、大地のウインドウへ転送した。
「……わっ」
大地の目が輝く。
「すご……めっちゃ分かりやす……!
場所はやっぱあそこ、夕暮れの後に咲く……のか!」
データと睨めっこする大地の頬を、アナマがむぎゅっと掴む。
「まずは、お礼でしょ!」
「ほぉい……ありがとうごばいまふ……」
もごもごと美咲に礼を言う。
「こちらこそ、今日はありがとうございました!」
「今日の冒険……忘れられないかもです……!」
紗良と迅は、少し気恥ずかしそうに笑った。
「良い冒険ができたみたいで、よかったわ」
アナマが優しく言う。
「ぜひ、いろいろ聞かせてちょうだい」
宿屋での談笑は続き、
気づけば夜は、すっかり更けていた。




