第4章 3 遠征調査
「はぁ……はぁ……!」
紗良は三人の中で一番早く、樹海の上端へとたどり着いた。
最後の木をよじ登り、両手で幹にしがみつく。
「……やっと、一番上まで来たかな」
迅もそれを追うように、ベルトの装置を操作してロープを巻き取る。
上昇は決して楽ではないが、ロープの固定位置さえ間違えなければ、着実に登れる。
(……かなりコツがいるな)
それでも、確実な方法だ。
アナマは他にも登り方を知っていそうだったが――
自分たちの装備と力量を考え、この方法を選んでくれたのだろう。
問題は――
「迅ー! 待ってよ〜! 全然追いつけな〜い!」
一番やる気を見せていた美咲が、思い切り苦戦していた。
ロープを投げる位置取りや準備は、紗良よりも上手い。
だが、運動神経の悪さがはっきりと出ている。
思った動きとアバターの挙動が噛み合わず、滑り落ちて何度か落ちている。
また、上級者がショートカットできるルートを選んで登り切れずやり直したり、
無駄な動きが増えて、どんどんロスを重ねていた。
迅は上昇を止め、ロープを逆回転させる。
かなり高い位置に固定しているため、
登った位置をキープしたまま、ロープの限界ギリギリまで降下すると、なんとか美咲のすぐ上まで来ることができた。
「美咲! ここまで上がってこい!」
「……あざ~す、迅さんカッコいい……はぁ……はぁ……」
「軽口叩くなら、置いてくぞ?」
「うそうそ、ごめんごめん〜!」
迅はロープを片手で押さえ、もう片方の手を下へ差し出す。
美咲がその手を掴み、宙吊りになる。
ロープの揺れが収まったのを確認してから、
迅は手を離し、ベルトのスイッチを押す。
ゆっくりと、美咲の身体が引き上げられていく。
「はぁ〜……楽ちん♪」
(……ここで落としたろか)
内心で毒づきながらも、迅は表情を変えない。
その時、上から新しいロープが垂れてきた。
「二人とも〜! そのロープで上がってきて〜!」
紗良が、頂上の木にロープを固定してくれていた。
迅と美咲は手を振って応え、そのロープを使って最後の上昇に入る。
―—こうして三人は、無事に樹海を乗り越えた。
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「よっ……と! やっと乗り越えた〜!!」
美咲は感激のあまり、思わず大声を上げた。
その声に反応して、近くで休んでいた鳥たちが一斉に飛び立つ。
羽ばたきの向こう――
樹海の先に広がっていたのは、想像もしていなかった景色だった。
頂にそびえる富士山。
その手前一帯に、白い湯煙を立ちのぼらせる湿地帯が広がっている。
そこかしこで温泉が湧き、
湯の成分をまとった木々は白い結晶に覆われ、
まるでガラス細工のような森を形作っていた。
差し込む光を受けて、
木々は銀色に輝き、静かにきらめいている。
一目見て思ったのは熱帯のマングローブのよう。
木々は温泉の湯に適用しているようで、温泉の湯から木々が生えていた。
温泉には、猿や狸がのんびりと身を浸し、
その水面を、温度に適応した銀色の魚が跳ねた。
あまりにも異様で、美しい光景。
三人は、言葉を失った。
感動の、その先。
どう受け止めていいのか分からないほどの景色だった。
「……湯煙の森、って感じだね」
紗良が、噛み締めるように呟く。
「……遠征調査、楽しいな」
迅のその一言に、美咲の目尻が、じんわりと滲んだ。
「……うん……うん……」
美咲は、何よりも――
**この三人で、この景色を見られたこと**に、胸がいっぱいになっていた。
「美咲、行ってみよ!」
紗良が、美咲の手を取る。
美咲は一瞬だけ振り返り、迅と目を合わせてから、頷いた。
迅も、その後を追う。
三人は、ゆっくりと――
湯煙の森へと歩き出した。
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一方その頃――
宿屋に戻ったアナマは、ぐったりとソファに横たわるプレイヤーを介抱していた。
「大地〜、もう大丈夫そ?」
「うっす……まだ目ぇ回ってて、ちょっと気持ち悪いっすけど……なんとか」
大地と呼ばれたプレイヤーは、口元を押さえながら、力ないグッジョブを作ってみせる。
「大地〜、おめぇまたアナマの足引っ張りやがったな」
奥の部屋から現れた男が、ため息混じりに言いながら、コツンと大地の頭を叩いた。
「痛いですよ、サルトーさん!
暴力……反対なんですけど!」
「まだ懲りてねぇのか、この減らず口が!」
今度は、ガツンッと遠慮のないゲンコツ。
「いったぁー!!」
「仮想世界なんだから、痛いわけねぇだろ!」
「違いますー!
心が痛いんですー!!」
「コノヤロー、喧嘩売ってんのかぁ!」
二人はソファに向かい合い、そのまま口喧嘩に突入する。
「はいはい、そこまで」
アナマが、慣れた様子で割って入った。
「大地の昇級のために遠征調査誘ったの、私だし」
その言葉に、大地の目が一気に輝く。
「……女神だ……!」
「でも困ったね」
アナマはウインドウを開き、今日の調査結果を確認する。
「冬月草、採取したかったのに。
狙ってたポイントには生えてなかったし」
「村人の話だと、あの辺りのはずなんだけどなぁ」
「まぁ大丈夫ですよ、アナマさん!」
急に元気を取り戻した大地が身を乗り出す。
「見てくださいよ、この可愛い温泉に入る猿たち!
気持ちよさそうに浸かってる姿、もうサイコーです!」
「これはBランクも夢じゃない……!」
サルトーは、口をへの字に曲げてソファに腰を下ろす。
「……あの森行きゃ、誰でも撮れる写真だろ、それ」
「一文にもなりゃしねぇ」
「いつまでもDランクのままだと、
霧の山にゃ連れて行けねぇぞ?」
「……はい、すんません……」
大地は、さすがにしゅんと肩を落とす。
その様子が少し不憫になったのか、アナマはちらりとサルトーを睨む。
その視線に気づき、サルトーはわずかに目を泳がせた。
沈黙を破るように、大地がぽつりと続ける。
「……でもサルトーさんも、
全然Bランクになれてないですよね! ははは!」
「……大地」
低い声。
「おめぇ、表出ろぉ!!」
「ひぃぃっ!?」
宿屋には、しばらくの間――
賑やかな言い争いの声が響き渡るのだった。
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