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第4章 1 遠征調査

大阪都市――市場工房の真上で、サンダー・ボルトは静止した。


「……あれ?

 空中で止まっちゃったから、降りられなくない?」


 紗良が不安そうに尋ねる。


「大丈夫!

 私たち、仮想世界のアバターだから!」


 そう言うなり、美咲はハッチを開け――


 飛び出した。


「ひゃっほ~!」


「……おい!!」


 声をかける間もなく、

 美咲はすでに宙を舞っていた。


「ど、どうすんの……迅……」


 諦めにも近い声で、紗良が肩を落とす。


「そりゃ、パイロットがいないんだから……

 俺たちも降りるしかないだろ」


「……ですよね~」


 迅と紗良も、覚悟を決めてハッチから飛び込む。


 思い切って目を開けた瞬間――

 そこには、空しかなかった。


 壁も、大地も、足場もない。

 ただ、果てしない地平線だけが広がっている。


(……世界って、こんなに広いんだな)


「ぁあぁぁぁああああ!!!」


 紗良が必死に手足をばたつかせる。


 空気抵抗を受け、身体は左右上下に回転。

 余計に姿勢を崩し、完全に混乱している。


(普段、宙を跳ぶキャラ使ってるくせに……)


 迅は落下しながら、紗良の手を掴んだ。


「……迅!

 やばい、怖い!

 死ぬ!助けて!!」


「落ち着け。

 手と足を広げろ。姿勢が安定する」


「こ、怖い……」


「いいから。信じろ」


「……あぅ……は、はい!!」


 目をぎゅっと閉じたまま、

 紗良は必死に両手両足を広げた。


 次の瞬間――

 身体の回転が止まり、落下は一直線に安定する。


「……はぁ……ありがと……

 ……助かった……の、かな」


 徐々に近づいてくる地上を見つめながらも、

 まだ不安は拭いきれていない様子だ。


 先に飛び出した美咲はというと――

 まるで水中を泳ぐかのように、優雅に空を滑っていた。


「……まあ、大丈夫……だと思う」


「“思う”って何よ!」


 紗良は思わずツッコミを入れる。


「ほんと、迅も考えないで行動するよね」


 少し間を置き、続ける。


「でも……率先して前に出てくれるから……

 そういうとこ、いいと思う」


「……いつも、ありがと」


 屈託のない感謝の言葉に、

 迅は小さく笑った。


 ――人生初のスカイダイブは、仮想世界。


 現実では味わえない感覚の中で、

 彼らはまた一つ、新しい体験を刻んでいくのだった。


---


 地上へは問題なく着地できた。


 上空1000メートル――都市エリアに入ると、そこは非戦闘エリアとなる。

 落下速度は高度に応じて自動的に制御され、地面へ近づくにつれて、ふわりと緩やかになっていった。


「は~、楽しかったあ!」


 美咲は両手を大きく上げ、伸びをしながら声を上げる。

 さっきまでの浮遊感を、身体に刻み込むようだった。


 一方で――


「はぁ……死ぬかと思ったわ……」


 紗良は膝に手をつき、前屈みになって息を整えている。


 あまりに対照的な二人の姿に、迅は堪えきれず吹き出した。

 それにつられて、美咲も、紗良も笑い出す。


 しばらくして。


「で、工房に来たけど……何か用事でもあるの?」


 紗良が首をかしげて尋ねる。


「海外で面白い話いっぱい聞いてね〜、楽しみにしてて!」


 美咲は即答した。


「ここに来たのはその準備!事前にタツローに連絡して、物資を用意してもらってるの」

「ちょっと行ってくるから、二人は待ってて!」


 そう言うが早いか、工房へと駆けていく。


「……面白い話って、今朝言ってた遠征……調査ってやつ?」


 紗良が迅に小声で聞く。


「多分な。飛行船も手に入れたし」

「朝から、行きたい行きたいって騒いでたよ、何でもモンスター討伐、遺跡探索に並んで人気らしい」


「へぇ……」

「思ったんだけどさ、遺跡探索と遠征調査って、何が違うんだろ?」


「いい質問!」


 背後から、やけに誇らしげな声。


 振り返ると、いつの間にか戻ってきた美咲が胸を反らして立っていた。


「私が説明するよ!」


「……おい」


 迅は即座に突っ込む。


「頭にハンマー刺さってるぞ」

「またタツローさんに怒られたのか?」


「……めっちゃ怒ってた!!」


 美咲は即白状した。


「『俺はお手伝いロボットじゃねぇぞ!!』って!」


 とはいえ、片手にはしっかりと物資が抱えられている。

 文句を言いながらも、結局用意してくれたらしい。


 美咲は気を取り直し、説明を始めた。


「まず遺跡探索についてだね!」


 ウインドウを展開すると、右手側に映像が浮かぶ。

 墳墓、塔、崩れかけた古城――いかにも危険そうなダンジョン群。


「いわゆるダンジョン攻略!

 強いモンスターやアバターと戦いながら、仕掛けやトラップを突破して奥を目指すアクティビティ」


「で、奥には?」


「レア素材とかお宝! 持ち帰れば、ちゃんとお金になるよ!」


 次に、左手側の映像が切り替わる。


 人の手が一切入っていない森。

 飛竜が棲む谷。

 宝石のように輝く鉱石が露出した洞窟。


「こっちが遠征調査だよ〜」

「制限された区画で、生態・植物・地質を調べるのが目的」


「未開の地は、AIがシミュレートした独自の生態系があるの」

「新しい動植物や素材を、壊さないように調査して、データと一緒に持ち帰るのが仕事!」


 美咲は最後に、まとめるように言った。


「つまり――」

「遺跡探索は、バンバン戦って突き進む!」

「遠征調査は、戦闘を避けて、未踏の自然を探索!」


「……なるほど」


 紗良は、食い入るように映像を見つめていた。

 昔、父親とキャンプに行っていたことを思い出したのかもしれない。


「じゃあ!」


 美咲が拳を握り、声を上げる。


「さっそく、遠征調査に行こー!」


 その号令に、三人は顔を見合わせ――

 同時に拳を掲げた。


---


遠征調査の地へ向かうため、三人はサンダー・ボルトを呼び寄せ、空へと飛び立った。

目的地までは、あと十五分ほどの飛行だ。


操縦席では、美咲がすっかり手慣れた様子でレバーを操作している。

――その片手で、アニメを再生しながら。


「……何やってるんだ?」


迅が呆れ半分に声をかけると、


「時間の有効活用ってやつ……かな?」


美咲は自信満々にドヤ顔で答えた。


目指しているのは、《大樹の森》と呼ばれるエリア。

立ち入り区画制限の中では、最も低いランクに分類されている場所だ。


「はいはい、質問!」


紗良が手を挙げる。


「なに、紗良? 何でも聞いて~」


「せっかく飛行船あるんだしさ、もっと人が入ってない奥地まで飛んじゃえばいいんじゃない?」


「うん、みんな最初はそう考えるよね~」


美咲はにやりと笑う。


「でも、そうはいかないんだなぁ、これが」


彼女はウインドウを操作し、探索エリアのマップとランク表を並べて表示した。


「まず一つ目。立ち入り制限区画は、許可証が必要なの」

「私たち、まだ調査実績ゼロだから――ランクはE」


表示されたランク表は、上からA、B、C……と続き、Eが最下位だった。


「最初から全部のエリアを調査できるわけじゃないの」


「なるほどね……」


「それと、二つ目!」


美咲は指を鳴らす。


「立ち入り制限区画の上空は、飛行船の航行禁止!」

「上空を通るなら、高度一万メートル以上じゃないとダメ」


「じゃあ、上からビューンってズルは――」


「できません!」


美咲はきっぱり言い切った。


「その代わりね、各区画には宿があって」

「宿の上空からなら、自動飛行モードで着陸できるの」


「ふ~ん……ちゃんと抜け道も塞いでるのね」


そんな会話をしているうちに――


「あ、そろそろ見えてきたかも!」


コクピットの窓の先に、巨大な森が広がっていく。


「あれ……」


紗良が目を凝らす。


「富士山じゃない?」


特徴的な山の形。

だが、その姿は、かつての面影を失っていた。


山全体が、濃い樹海に覆われ、頂上に至るまで木々が生い茂っている。


「……ただ地形をトレースしただけ、ってわけじゃないみたいだな」


遠征調査のベースキャンプとなる宿に到着した。


最初におすすめされているエリアだけあって、周囲にはちらほらとアバターの姿が見える。

皆、それぞれ準備に追われているようだ。


「ん~……」


紗良が大きく息を吸い込む。


「自然が多いと、仮想世界なのに空気がいいって感じるね」


「それだけリアルなんだよ!」


美咲も真似をして深呼吸する。


「植物も、システムが自動でシミュレートしてるからね」

「枯れたり、育ったり、ちゃんと循環してるんだよ」


三人は宿で、遠征調査の申請を行った。


武装は持ち込み不可。

アイテムも、探索専用ストレージへと切り替わる。


事前に準備していた物資を、美咲が配る。


採取用のピッケル。

クライム用のピック。

そして、アバター装着型のライト。


さらに、探索エリアでは新たなステータスが追加される。


食料値と疲労値。


定期的な休憩や補給を怠ると、バッドステータスが発生し、能力に下方修正がかかるらしい。


今回はお試しということで、テントは購入せず、半日分の携行食品のみを用意した。


準備を終え、大樹の森の入り口に立つ。


「……なんだか、緊張するね」


紗良が小さく身震いする。


「……ああ」


迅も頷いた。


「……でも!」


美咲が突然、声を弾ませる。


「あ~!めっちゃワクワクする!! 早く行こ!!」


ぴょん、と跳ねるように走り出す美咲。


迅と紗良は顔を見合わせ、笑いながら後を追った。


こうして三人は――

大樹の森へと足を踏み入れていくのだった。


---

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