第3章 3 そして世界へー。
パープル・ボーダーの立ち上げにあたって、
美咲は一人、考え込んでいた。
今回の一連の戦いで見えたこと。
足りなかった手段、必要だった装備。
「……そうだ」
「**乗り物**!」
机をガタリとずらし、
勢いよく椅子から立ち上がる。
その拍子に、机の上に置かれていた花瓶が倒れ、
水がこぼれた。
「な、何やってんの吹雪ちゃん〜!」
あわあわとキャットちゃんが駆け寄り、
花瓶を拾い上げる。
すると、
待ってましたと言わんばかりに、
四足歩行型の小型清掃ロボットが走ってきた。
雑巾を装備し、
手早く床を拭き取っていく。
キャットちゃんがグッドポーズをすると、
清掃ロボットもグッドポーズで返した。
「あはは、ごめんごめん!」
「ちょっと興奮しちゃって!」
美咲は照れたように笑い、
大声を張り上げる。
「迅ー! 紗良ー! こっち来て!!」
別の席にいた二人は、
呼ばれるまま美咲のもとへ向かった。
「てことで!」
「私、**乗り物を手に入れてきます!!**」
「……唐突だな」
迅は呆れたように返す。
「“てことで”って何よ。説明しなさい」
紗良も腕を組み、じっと見る。
「いやー、完全に盲点だったの!」
「転送ゲートが便利すぎて忘れてたけどさ」
「イベント中は使えないし、
今回みたいに次イベントが都市内に発生するとも限らないでしょ?」
美咲は胸を張る。
「だから私は、**乗り物を買ってきます!**」
「……予算は?」
迅が淡々と聞く。
「お金ないから、貸してください!!」
自信満々に言い切る。
「……もう」
「胸反らして言うことじゃないでしょ」
「この先が心配だわ」
紗良はため息をつきながら、
ウインドウに表示された自分の所持金を見る。
話し合いの結果、
三人で**500000ポイントずつ**出し合い、
**1500000ポイント**を乗り物の予算とすることになった。
美咲の行動は早かった。
まずタツローに相談したものの、
工房のあまりの忙しさに軽く説教され、
そのまま外へつまみ出されたという。
だが代わりに、
海外のエンジニアを紹介してもらえることになり、
美咲はアメリカ・ミシガン州へ向かう予定を組んでいた。
その夜、
迅のもとに美咲からメッセージが届く。
> 私、このままアメリカ行くけど
> 迅も来る?
迅は少し考え、返信する。
> いや、俺は新しいパーツを探す
> ランク戦にも出る予定だ
> 自分に何が足りないか、戦って確認したい
すぐに返事が来た。
> いいね(≧∇≦)b
> そういうのワクワクする!
> 日本に戻るの楽しみだわ
迅はグッドマークのリアクションを返した。
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ランク戦に備え、
装備を新調するため市場の奥へ足を進める。
「うおおおおお!!!」
市場の一角にある工房から、
けたたましい叫び声が響いていた。
火花が散り、
資材の搬入と人の出入りが途切れない。
声の主は、やはりタツローだった。
市場に並ぶ店舗のほとんどが、
八雲商会の出店。
武器、防具、道具——
まさか、この量をすべてここで作っているのだろうか。
「ブラックだよ! ブラックだよぉ!」
「ぜぇ……納品が間に合ってません……」
「店舗から催促が……!」
「うるせー! 待たせとけ!」
工房から、
エンジニアたちの阿鼻叫喚が響く。
「おらぁ! 間に合ってない納品シート全部持ってこい!」
「一時間で終わらせてやる!」
タツローは、
両手が4つに見えるかのような速度で作業を進めている。
——声はかけない方がよさそうだ。
迅はそっと、その場を離れた。
「あ、紫電さん!」
「リーダーから聞きましたよ!」
八雲商会のメンバーが声をかけてくる。
そこは、各種アバターパーツを扱う出店だった。
簡易な造りながら、
整然とパーツが並んでいる。
「交換券と引き換えなら、何でもお譲りしますよ!」
「どれか気になります?」
「……どれがいいのか、正直分からない」
悩んでいると、
隣から声がかかった。
「オニイサン!」
「オニイサンも、格闘キャラ?」
片言の日本語。
外国人だとすぐに分かった。
同じ格闘タイプのアバター。
だが紫電とは違い、獣人型。
人型に近く、中性的な見た目で、
龍を模した面を付けている。
蒼い武術着のようなローブ。
立ち振る舞いは緩やかで、
人間とは違う生き物と向き合っているような感覚を覚える。
「……ああ、そうだよ」
「アハッ!」
「格闘キャラ、珍しい!」
「めっちゃウレシイ!」
にかっと笑い、嬉しそうに跳ねる。
「私も格闘使う」
「そのウデ、どうしたの?」
紫電の予備パーツの腕を見る。
塗装の違いに、すぐ気づいたようだ。
「前のパーツが壊れてさ」
「今、新しいの探してる」
「ナルホド〜」
「はい、おテを拝借」
無事な方の手を取り、確かめる。
「うん……これはイイ!」
「これと……これはチガウ」
「……あ、これ!」
次々とパーツを選び、
カウンターに並べていく。
「全部アウと思う」
「直感でエランで!」
よく分からないまま、
真ん中のパーツを選んだ。
前よりも、やや流線型。
八雲商会のメンバーに了承を得て装着する。
——しっくりくる。
腕一本で、
アバター全体の動きがまるで変わった。
「……すごいな」
「どうして、これが合うって分かった?」
迅は尋ねる。
「カンタンカンタン」
「左手と右手、重量チガウとバランス崩れる」
「バランス、大事♪」
「ありがとう。これ、もらえるか?」
「毎度!チケットと交換で!」
気づくと、
あのアバターはもう人混みの向こうにいた。
——いつの間に。
迅は、
その背中に向かって大きく礼を言う。
振り返ることなく、
アバターは手を振りながら
市場の喧騒へと溶けていった。




