第2章 2 日本都市奪還戦
翌日。
朝日が昇るよりも早い時間、迅は街を走っていた。
冷たい風が、身体を引き締める。
「……寒いな」
吐いた息が白く消える。
走りながら、ふと考えが頭をよぎった。
——このまま、ボクシングを続けるべきなのか。
紗良は、迅がボクシングを続けていることを喜んでいる。
それは分かっている。
だが、ジムの仲間たちは皆、真面目に練習しているのに、
自分は“別の場所”で戦っている。
何が正しいのか、分からない。
だからといって、誰かのせいにする気にもなれなかった。
ボクサーとしての自分。
《紫電》としての自分。
その境界線が、少しずつ曖昧になっていく。
迅は胸に溜まる暗い感情を振り切るように、
街を駆け抜けた。
——答えは、きっとどこかにある。
見つかるまで、探し続けるしかない。
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家に戻り、デバイスを確認すると、
朝からゲームへの招待が届いていた。
《迅ー。あっちの世界、気になるから行ってみない?》
差出人は、美咲ではない。
——紗良。
一瞬だけ驚き、
すぐに短く返信する。
《今から行く》
ログイン。
昨夜ログアウトした、
ケルンの転送ゲート前エリアだった。
比較的、平和な光景。
だが、どこか視線を感じる。
「おい、あいつが……」
「シデン……どういう意味だ?」
ひそひそとした声。
「よっ、有名人!」
背後から、紗良の声がした。
どうやら先にログインして待っていたらしい。
「有名人って、どういうことだよ……」
「知らないなら、いい!」
紗良は意味深に笑う。
「……ふふ」
腑に落ちない。
ふと周囲を見渡して、思い出す。
そういえば、美咲は早朝の時間帯もオンラインだった。
——まさか、昨日から寝てないんじゃ……。
「そういえば、美咲は?」
紗良に尋ねると、
すでに連絡を取っていたらしい。
「さっきね、まだ合流できないから、
先に日本に戻っててって返信きた!」
「はぁ…また良からぬこと企んでないよな…」
二人は転送ゲートをくぐる。
帰還先は日本。
奪還戦の舞台——大阪エリアを選択した。
転送先には、すでに攻略を目的としたプレイヤーたちが集まっていた。
「……すごい数だね」
紗良が小声で言う。
ざっと見て、300人ほど。
他にも複数のグループが、作戦を話し合っている。
「戻ってきたぞー!」
転送ゲートから、
70人ほどのプレイヤーが出てくる。
だが、雰囲気は重い。
戦果は芳しくなかったようだ。
「どうやって勝つんだよ……」
「無理だろ、あんなの……」
中央付近にいたメンバーは、特に肩を落としている。
「……あれで五回目だろ」
周囲がざわつく。
「聞いた話じゃ、ボスにもまだ挑めてないらしいぞ」
「うわ、キッツ……鬼難易度じゃん」
「確かに」
そんな中、
一人のプレイヤーが迅に声をかけてきた。
「おおきに。突然すんません」
「……紫電さん、ですよね?」
赤いボディに、大型の盾。
黒い剣を携えたプレイヤーだった。
突然のことに驚きつつ、迅は無言で頷く。
「やっぱりそうやぁ!」
「いやー、ケルンの戦い、公式配信で見ましたで!」
「流れるようなカウンター、鮮やかでしたわぁ!」
「アバターの性能、相当ええんやろなぁ!」
「……ちょっと待て」
迅は思わず聞き返す。
「配信って、何のことだ?」
「あれ? 公式の配信、ご存知ない?」
「昨日の大型イベント、ハイライトが動画サイトに上がってますよ」
「ほら、もう100万再生ですわ」
迅は言葉を失う。
画面には、
紫電が決定打を放つシーンも、はっきり映っていた。
「……そりゃ、目立つわけだ」
「盛り上がってるところ悪いんだけど!」
紗良が割って入る。
なぜか少し、不機嫌そうだ。
「あなた、誰?」
「あー! これは失礼!」
「僕、八雲やくも言います」
「一応、大阪でギルドのリーダーやらせてもろてます」
八雲は照れたように、
頭の後ろに手を当てた。
「わたしは、龍焔!」
紗良が胸を張る。
「言っとくけど、紫電のアバターがすごいだけじゃないから!」
「実力も、ちゃんとあるから!」
「ははぁ、なるほど」
「龍焔さんは、紫電さんのファンなんですねぇ」
「違う!!」
紗良は全力で否定した。
「おーい、リーダー!」
「いつまで漫才やっとんねん!」
「はよミーティング始めよーや!」
遠くから、
八雲の仲間らしき声が飛んでくる。
「ちょ、ちょー待っとって!」
「今すぐ行くから!」
八雲は振り返って叫び、
それから迅に向き直った。
「実は紫電さん、お願いがありまして」
「ちょっと時間、いただけませんか?」
美咲からの連絡は、まだない。
迅は一瞬考え、
そして要件が何か聞く。
「率直に言いますと」
「……レイドが、うまくいってません」
「ぜひ、アドバイスが欲しいんです」
「ミーティングにも出ていただけたら、ほんま助かります!」
迅は、深く息を吐き、仕方なく了承した。
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