第1章 11 現実からー。そして仮想世界へ
侍の背後で、
黒い影が**ゆっくりと立体化**していく。
まるで3Dプリンターが形を出力するように。
曖昧だった塊が、少しずつ輪郭を持ち——
やがて、**巨大な人型**として侍の傍らに鎮座した。
侍の、倍近い体格。
顔は布で覆われ、
上半身には岩のようにゴツゴツとした肌が露出している。
下腹部に巻かれた布だけが、最低限の装いだった。
そして——
巨木のような腕が握るのは、白銀に輝く**刺叉**。
「……なんだ、あいつ……」
迅は思わず息を呑む。
前線のプレイヤーと甲冑兵士が作る壁の向こうからも、
その巨体ははっきりと見えていた。
だが、美咲はまだ警戒を解かない。
「……まだ、何かある」
視線は前線ではなく、
**後方——プレイヤーも甲冑兵士もいない空白地帯**。
そして、戦局が動いた。
侍が、静かに手を掲げる。
号令に応じるように、
巨兵が歩き出した。
甲冑兵士を蹴散らしながら、
圧倒的な質量で前線へ進軍する。
「あ…」
甲冑兵士に意識を取られていたプレイヤーたちの上に、
**巨大な影**が落ちる。
刺叉が振り下ろされる。
爆発のような衝撃と轟音。
甲冑兵士ごと薙ぎ払われた一撃が、
複数のプレイヤーをまとめて打ち砕いた。
「撃て!」
「やれ!」
後方からプレイヤー達の一斉射撃。
集中砲火を浴び、
岩のような肌が削られていく。
巨兵は嫌がるように、わずかに後ずさった。
「よし! 効いてる!」
「続けろ!」
射撃が、巨兵へと集まる。
——その瞬間。
巨兵は刺叉を地面に突き立て、
左右の甲冑兵士を掴み上げた。
そして、**前へ差し出す**。
それはまるで盾。
宙吊りになった甲冑兵士たちが、
そのまま射撃を浴びる。
「あいつ……味方を盾にしてやがる!」
「ずりーぞ!」
巨兵は、じっと見ていた。
プレイヤーたちが——
装填のため、ほんの一瞬だけ射撃を止める、その“隙”。
血管を浮かび上がらせ、
剛腕が唸る。
次の瞬間。
2体を、**ハンマー投げのように放り投げた**。
甲冑兵士は、前線の上空を通過し——
呆然とする後方プレイヤーたちへ直撃する。
叩きつけられた甲冑兵士は、
面具をカタカタと震わせながら立ち上がる。
怪しげな瞳が、
体勢を崩したプレイヤーを捉えた。
しがみつき、
帯刀していた小刀を抜く。
「やめ——ぐはっ!?」
「あぁっ!」
執拗な刺突。
周囲が引き剥がそうとしても、
妄執に取り憑かれたかのように離れない。
混乱する後方へ、
次々と甲冑兵士が投げ込まれる。
射撃支援が失われ、
前線は再び拮抗状態へ。
——そして。
まるで、この混乱を待っていたかのように。
侍の手が、**三度**掲げられた。
「来たよ! 後ろ!!」
美咲が、珍しく声を荒げる。
後方に、**新たな転送ゲート**が展開される。
そこから現れるのは、
長槍を持った甲冑兵士たち。
剣山のように並び——
突撃—。
突然の奇襲。
後方のプレイヤーたちが、
次々と長槍に貫かれていく。
これが——
美咲の読んでいた“危険”。
近接武器を持たない後方のプレイヤーは崩壊し、
中腹まで押し込まれる。
前線では、巨兵が暴れ回る。
先ほどの優勢が、嘘のように覆された。
「……やばい、このままじゃ——」
「まだ!」
美咲は冷静だった。
「**あいつを倒せば、まだ何とかなる**」
前線で暴れる巨兵を指差す。
吹雪三式の掌に、冷気が集まる。
「さぁ……反撃の狼煙を上げるよ!」
冷気が渦を巻き、
4つの刃を形成。
結合し——
**手裏剣**の形になる。
「……なんで手裏剣なんだよ」
迅が呆れ気味に尋ねる。
美咲は、
冷気で高速回転させながら屈託なく笑った。
「決まってんじゃん!」
「相手がサムライなら——こっちはニンジャになるまで♪」
放たれた氷刃が、
巨兵へのルートを塞ぐ甲冑兵士に突き刺さる。
冷気が拡散し、
動きが鈍る。
道が、開く。
「……理由は分からんが、だいぶ動きやすい」
迅は拳に力を溜め、腰を落とす。
「行くぞ!」
3人は、
**巨兵へと駆け出した。**
---
迅は進路上にいる甲冑兵士へ、
次々とジャブを繰り出す。
叩くのではない。
**弾く**。
武器の軌道を、絶えず反らしていく。
その様は、
降り注ぐ雨粒を一つひとつ掴み取るかのようだった。
正確無比のジャブが、
いつの間にか“防御の型”として紫電に染み込んでいく。
そして——
そのジャブは、次へ繋がる一手。
カウンターと認識され、
紫電のコアが淡く光った。
速度が、増していく。
雷光のような加速。
崩すためだけに最適化された最小限の動きが、
進路を切り開く。
その背後を、龍焔と吹雪三式が追う。
倒れた甲冑兵士の手足へ、
追加の手裏剣が突き立てられる。
戦艦の甲板に固定。
後方からの追撃を封じ、隙を伸ばす。
横から割り込む甲冑兵士には、
龍焔が宙を蹴った。
地上の混戦に囚われず、
空中から——紫電へ迫る甲冑兵士の頭部へ、
鋭い蹴り。
甲冑兵士は体勢を崩し、倒れる。
3人の動きは、
まるで一つの呼吸だった。
その進撃に、
周囲のプレイヤーは思わず目を奪われる。
「……なんだ、あいつら……」
「どこの大手ギルドだ……?」
そして。
紫電と巨兵の視線が、正面でぶつかる。
目の前のプレイヤーを刺叉で薙ぎ払い、
巨兵はその全身を晒した。
山のように聳える巨体。
洞穴から吹き出す風のような唸り声。
紫電のフレームに、
風圧と威圧が叩きつけられる。
——来る。
刺叉が振り下ろされる。
爆発のような一撃。
だが、迅は退かない。
**防御の型。**
ジャブ。
的確に、
巨兵の手を捉える。
「……っ!?」
止まらない。
岩肌のような手が、拳を弾く。
刺叉は、なおも振り下ろされる。
——だが、
**カウンターは成立している。**
《反逆の坩堝》発動。
紫電が電気を帯び、
さらに加速する。
——間に合う。
「紫電一閃!」
腰を落とし、姿勢を低く。
刺叉とボディの隙間を潜り、
右拳を叩き込む。
渾身のストレート。
命中箇所——**小指**。
岩のような肌が砕け、
刺叉の軌道が無理やり逸れる。
衝撃が、眼下で爆ぜる。
紫電は身を翻すが、
風圧に一瞬たたらを踏む。
両者、体勢を崩す。
「……互角……!」
紗良が思わず拳を握る。
「——いや」
美咲は見逃さない。
小指を砕かれ、
刺叉を握る力が弱まっている。
構えが、僅かに低い。
紫電は即座に踏み込む。
足元へ潜り、
左フック。
刺叉の**先端**を殴りつける。
テコの原理。
弱った片腕から、
武器を引き剥がす。
巨兵が怯んだ、その瞬間。
吹雪三式が追撃に入る。
新たに形成された手裏剣が、
巨兵の足元へ突き刺さる。
冷気が爆ぜ、
氷の塊となって足場を固定する。
「紗良! 固めた足、全力で!」
「分かった!」
龍焔の脚が燃え上がる。
低い姿勢から——
「龍蛇の印!」
迅と吹雪三式の間を抜け、
横回転からの踵落とし。
固定された足へ、
水平に叩き込まれる。
氷が砕け、溶ける。
だが、変化が速すぎる。
巨兵は対応できない。
前屈みに崩れ落ちる。
——その眼前。
紫電。
すでに、顎先へ拳が伸びている。
アッパー。
巨兵自身の体重と、
紫電のバネが重なった一撃。
顎が跳ね上がり、
身体が折れる。
**生命を断つ打撃。**
巨兵は崩れ、
二度と動かなかった。
「やった……!」
「あのデカブツを倒したぞ!」
指示が飛ぶ。
前線が押し上がり、
後方のプレイヤーを救援する動きが広がる。
足の速いプレイヤーが、
長槍兵を次々と仕留めていく。
「迅!」
「やったね!」
美咲と紗良が駆け寄り、
三人の拳がぶつかる。
——だが。
残るのは、あの侍。




