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亡霊の隊列  作者: 霧狼
第三章

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エピローグ:忘却の彼方、約束の丘で

本日9話目です


 海からの湿った風が、ルナの故郷である港町の香りを運んでくる。  かつて彼女が愛した、坂道の多い古い街並みと、銀色に光る海が一望できる丘の上。そこには、潮風に洗われて白くなった小さな墓標が、静かに佇んでいた。


 上空は厚い雲に覆われ、柔らかな灰色の光が世界を包んでいる。今にも降り出しそうな空模様は、まるであの白い病室で過ごした、穏やかで停滞した時間そのもののようだった。


 ロウはゆっくりと膝をつき、抱えていた花束を供えた。  花束に添えられた鮮やかな青色のミオソティス(勿忘草)。その数は、以前よりも6本増えている。


「……待たせたな、ルナ」


 増えた6本の花は、彼らが離ればなれになっていた「3年」という月日、そして共に歩むはずだった「3年」という未来を繋ぐための、ロウなりの誓いだった。  指先が冷たい石に触れる。だが、覚醒したロウの瞳には、石の冷たさではなく、あの蒼い光の中で微笑んでいたルナの温もりが、今も鮮烈に映し出されていた。


 風に揺れるミオソティスの花びらが、ロウの頬を優しく撫でる。  それは、過去の追憶か。あるいは、未来から届いた彼女の指先か。


 

「別れじゃない。……いってきます、だ」


















 雲の隙間から差し始めた一筋の光を見つめた。

 ロウは立ち上がり、その眩い光を追いかけるように歩き出した。  行き先は、丘の頂にひっそりと佇む教会。


 一歩、また一歩と坂道を登るにつれ、天を覆っていた灰色のとばりが、見えない大きな手に押し開かれていく。ロウの背中を、そして足元の石畳を、急速に熱を帯びた陽光が塗り替えていった。


 教会の白亜の壁に辿り着いたその瞬間だった。  頭上の空は、文字通り「晴れ上がって」いた。


 先ほどまでの湿った重みはどこへ消えたのか。そこには、吸い込まれるほどに深く、澄み渡った蒼穹そうきゅうが広がっていた。それは、月面で見た冷徹な宇宙の黒とも、病室から眺めた退屈な空とも違う。生命の脈動に満ちた、どこまでも自由な「青」だ。


「……本当に、いい景色だな。ルナ」
















 教会の扉が開き、中から孤児院の子供たちが元気な声を上げて飛び出してきた。

 その先頭を走る、一人の少年にロウの目は釘付けになった。


 少年の髪は、ルナと同じく供えたばかりのミオソティスの花と同じ、透き通るような薄いブルー。そしてその瞳は、ロウのそれと同じ、深い輝きを湛えたアンバー(琥珀色)をしていた。  

 3歳になるだろうか。その小さな少年は、胸元にミオソティスのペンダントを揺らしながら初めて会うはずのロウに向かって、迷うことなく駆け寄ってきた。


 少年の瞳は、まるで世界のすべて、そしてこれまでのすべてを理解しているかのように、静かだった。


 二人は教会の庭のベンチに並んで腰を下ろした。少年は幼い声で、けれど確かな言葉でロウに語りかけてきた。


「月のお姉さんに、会いたい。……それに、もう一人のお母さんにも」


 その言葉を聞いた瞬間、ロウの顔から「戦士」の険しさが完全に消えた。ルナ以外の誰にも見せたことのない、心からの、穏やかな微笑みがその唇に浮かぶ。


 この少年こそが、リップ・リーンとルナが命を懸けて軍の目から隠し通した「最後の奇跡」だった。  軍による遺伝子操作や検体としての利用を避けるため、博士によって存在そのものを歴史の影に隠蔽され、この穏やかな丘の上で守られていた、ロウとルナの血を引く子供。


 少年が持つ「すべてを分かっている瞳」は、彼もまた、母たちが到達した「高い塔の上」からの視点を受け継いでいることを物語っていた。


 ロウは、震える手で少年の小さな頭を撫でた。  失われたはずの過去と、奪われたはずの未来が、今、この少年の体温を通じて一つに繋がっていく。


「ああ……。会いに行こう。みんな、お前を待っている」


 晴れ渡った空の下、教会の鐘が鳴る。父と子は同じ瞳を輝かせながら、新しい時代の始まりを告げる風の中に身を置いていた。


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