階層の真実 ― リップ・リーンの検証 ―
本日7話目です
ホログラムのルナは、透き通るような声で、「母」と呼んだ女性の真実を紡ぎ始めた。
「……リップ・リーン。彼女は幼い頃からその兆候がありました。常に『答え』が見えていたのです。結果が先に見えてしまう。だから彼女は、ひたすらその答えが正しいかどうかを確かめるために、考察し、実験し、検証することに人生を捧げた……。それが、世間が彼女を天才科学者と呼ぶ理由です」
ルナの背後のモニターに、複雑なタンパク質結合の図表が浮かび上がる。
「始まりは3年前、あの『第7軍特別医療センター』での偶然の完全な覚醒でした。人類が光を捉えるための『視細胞』を持っているように、彼女の細胞膜には、高次元の情報を捉えるための新しいタンパク質が発現したのです」
ニビが息を呑む。科学者としての彼には、その言葉の恐ろしさが理解できた。
「現在の遺伝子は、親から子へという『垂直な時間軸』でしか情報を渡せません。けれど彼女は違った。リップ・リーンという存在そのものが、周囲の遺伝子に水平方向の変異を促す『進化の感染源』となったのです。覚醒した当初、彼女は自身の意識を制御できず、医療センターにいた人々に無意識の影響を与え続けました。」
「 私が技術的特異点なら・・・。 母は、自然進化の果てに人類が手に入れるはずの『4次元以上の認識能力』を先取りしてしまった人類の特異点。……いわば、高い塔の上から、これから進む道の先にある障害物を見通している存在なのです」
ルナの姿をした(ブルー・ミュー)は悲しげに、けれど確かな慈しみを持って、立ち尽くすロウを見つめた。
「その時、彼女にはロウ、ニビ、キーヨ……そしてルナさんの『結果』が、最も強く見えたようです。……私が今、こうしてルナさんの姿と声を持っているのは、ロウ、あなたが戦場に向かった後、ルナさんと結婚して共に暮らしていたのが、母だったからです。そして私の中に声と姿を定着させました。」
「リップと……ルナが、一緒に……?」 ロウの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「母がルナを愛していたのか、あるいは己の能力を検証していただけなのか、私にはわかりません。けれど、母と過ごし、共に覚醒していったルナさんの最期は、とても穏やかなものだったはずです。」
「母はあくまで科学者でした。3人が自分の前に現れる未来が本当に存在するのか、それが本当に人類の進化と呼べるものなのか。……彼女はその一生をかけて検証し、答えに納得したからこそ、あなたたちにクリスタルキーを託したのでしょう」
覚醒する亡霊 ― ロウ・ルナへの「視線」 ―
ルナの言葉を聞きながら、ロウは激しい眩暈に襲われた。 脳裏に溢れ出すのは、記憶などという生温かいものではない。肌を撫でる風の温もり、ミオソティスの香りの解像度、そしてルナの指先の柔らかな感触。それは「かつてあった過去」を思い出しているのではなく、今この瞬間、別の時間軸にいる自分と「感覚を共有」しているのだ。
「……思い出しているんじゃない。俺は、今、見ているんだ」
ロウは震える手で、実体のないホログラムのルナを抱きしめようとした。 ルナへの執着にも似た強烈な想いが、リップ・リーンから「感染」していた変異タンパク質を、ついに完全覚醒させたのだ。
かつて博士が言った「高い塔の上から道の先を見る能力」――。 ロウの意識は今、三次元の制約を突き破り、過去という名の「かつて通った道」を現在の出来事として再体験していた。
『ロウ……あなたも、母と同じ場所に辿り着いたのね』
ルナの声が、現実と非現実の境界を溶かしていく。 ニビが驚愕に目を見開く。ロウの眼球は、一瞬激しい並列演算を行うブルー・ミューと同じ蒼い光を放ったように見えた。
「過去が見えるなら……未来だって見えるはずだ」
覚醒した亡霊。 ロウは今、リップ・リーンの呪縛さえも超え、自らの意志で「選ぶべき未来」を掴み取ろうとしていた。




