冷徹なる断罪 ― 棄てられた回答 ―
本日2話目です
ルナ・カノン第4セクター、最深部。喧騒から切り離されたその部屋は、巨大なサーバーラックが放つ電子の唸り音と、死のような冷気に包まれていた。
「……3年ぶりだな。いや、『検体』と呼ぶべきか」
奥の椅子に座っていたのは、ネオ・シオン軍技術最高司令官、オーディン・犬一。彼の瞳には感情の欠片もなく、まるで精密機械の一部のようにニビを見据えていた。
「……『検体』か。相変わらず人間を機能でしか見ていない。貴方らしい呼び方だ、司令官」 ニビは手にした情報端末を淡々と操作し、周囲の自動防衛システムを次々と無効化していく。指先の動きには一分の迷いもない。 「なぜ、僕たちを衛星のアンドロイド工場へ差し向け、始末しようとした?」
「貴公は『プロジェクト・マナ』における最高の知性だった」 犬一は感情を排した声で語り始めた。 「3年前、あのアステリアの原生生物から見つかったウイルスが、人類には無害だと判明した時、私は心底失望した。だが、あの検査入院の際、被験者の一部にタンパク質の変異が起こっていることが判明したのだ。私はその『変異』の正体を確かめるため、貴公ら検体に協力を求めたが、結局何も判明しなかった」
ゼクスはゆっくりと椅子を回し、ニビに冷たい視線を向ける。 「そこで私は仮説を立てた。アステリアの遺伝子に影響されているならば、極限の闘争本能に反応して覚醒するのではないかと……。だからあの日、工場がハッキングされているという情報を利用し、資質を持った貴公らを配備した。そして、私の仮説通り……生き延びた者がいた」
ゼクスは薄い唇に、歪な笑みを浮かべた。 「もう一度協力しないか? 傍に、あの戦闘を生き延びた検体が、あと二体いるのだろう?」
「……協力、だと?」 ニビの口から、低く、地を這うような声が漏れた。 自分の脳も、ロウの命も、キーヨの献身も、この男にとっては「タンパク質の変異」を確かめるために過ぎなかったのだ。
「その答えを聞くために、僕はここへ来た。だが、今の言葉で確信したよ。貴方の用意した回答には、僕たちの未来を委ねる価値など欠片もない」
ニビは手にしていた端末を無造作に放り捨てた。代わりにその右手に握られていたのは、軍用45口径の自動拳銃。
「馬鹿な真似を。私を殺せば、この要塞の制御システムは――」
「システムの代替なら、僕の脳が既に済ませた。……総監、貴方が最も愛した『知性』が、貴方の死を論理的に導き出した。それが貴方の実験の、唯一の成功報酬だ」
ニビの瞳に、かつての自分……無機質な実験体だった自分への、激しい嫌悪と決別の色が宿る。
パァン!
乾いた銃声が一度だけ響き、電子の唸り音に吸い込まれていった。 オーディン・犬一の眉間に紅い穴が穿たれ、完璧な論理を自負していた頭脳が、床に不器用な模様を描き出す。
ニビは返り血を拭うこともせず、崩れ落ちた骸に背を向けた。 「……待たせたな、ロウ、キーヨ。ニビはゲートを開放しLCの倉庫へ向かった。」




