分別の戦場 ― 亡霊たちの作戦会議 ―
話のストックがなくなったので10日ほど休みます。
今まで読んでくれてありがとうございます。
第3章はあと10話ぐらいで終えて話を終わらせるつもりです。
文章のストックがなくなったので、10日ほど休みにして、その間に一気にラストまで書こうと思います。
邂逅のカルテ ― 白い病室の亡霊たち ―
襲撃を前に、家畜運搬船の重苦しい振動だけがカーゴ・ベイに響いている。 不格好に継ぎ接ぎされたPTの装甲。キーヨが溶接する激しい火花を見つめながら、ロウは不意に、鼻を突く「消毒液の匂い」を思い出した。
「……なぁ、ニビ。それとキーヨ。お前ら、『第7軍特別医療センター』にいたこと、ないか?」
ニビが端末を叩く手を止め、氷結色の瞳をわずかに見開いた。
「……なぜそれを。3年前、実験用に確保されたアステリアの原生生物から、未知のウイルスが検出されたんだ。後に人類には感染しないことが判明したが……当時はパニックだった」
ニビは遠い目をして、当時の記録を辿るように言葉を継ぐ。
「行き詰まっていた研究に意見を求められ、リップ博士もたまたまその場に居合わせてね。念のためにと、博士と一緒に検査入院を命じられた。安全が確認された後も、2日ほど一般病棟で精密検査を受けたよ」
ニビの視線が、溶接の手を止めたキーヨへと向けられる。 「キーヨ、お前はどうなんだ?」
キーヨは面頬を上げ、汗を拭った。その表情には、戦士としての覚悟が混じっている。
「……よく覚えてるわよ。第3惑星アステリアの衛星、ミオソティス。あの戦役が始まる直前だったから。……私は軍に入隊するための、ただの健康診断だったけどね」
3年前の病院。 天才科学者と、冷徹な学者。そして、名もなき新兵だった少女。 戦地へ赴く前のロウ自身の運命さえも、すでにあの消毒液の匂いの中で、分かちがたく交差していたのだ。
沈黙を破ったのは、ブリッジから響く無骨なブーツの足音だった。カムイだ。 「おいおい、思い出話に花を咲かせるのはいいが、そろそろ『ルナ・カノン』の懐に入るぜ。感傷に浸るより、鉄屑をぶち込む算段を立てようじゃねえか」
ブリッジへ移動し、カムイがホログラム・テーブルを叩くと、ルナ・カノンの歪な立体マップが浮かび上がった。空気の温度が、一瞬で「戦場」へと変わる。
「よし、作戦を整理するぞ。ニビ、状況を」
ロウの促しに、ニビは氷結色の瞳を鋭く光らせ、マップ上の特定のドックを指し示した。
「現在、我々は軍の哨戒網を『燃料補給船』という偽装信号で潜り抜けている。突入地点は第4セクターだ」
そこまで言うと、ニビは一度言葉を切り、ロウとキーヨを真っ直ぐに見据えた。
「……ここからは二手に分かれる。僕は第4セクターから、かつての上司であり、この要塞の**『技術最高司令官』**の元へ向かう」
驚きに目を見開く二人を制し、ニビは淡々と、しかし決然と続けた。
「ロウ、君はキーヨと共に第4セクターから北へ50キロ地点にある、封鎖された研究施設を目指してくれ。預けた『クリスタルキー』が、全ての鍵になる。ロウ……君は改修したLCと残りのPT5機を使い、死ぬ気でキーヨを護る『囮』になってほしい」
「ニビ、お前……」
「キーヨ、君は施設中枢にある『ブルー・ミュー』に辿り着くんだ。あそこに蓄積されたデータが、この戦争を終わらせる最後の希望になる。……僕は、自分自身の最後の手向けとして、司令官との因縁を晴らしてくる」
ロウは、キーヨが仕上げたばかりの、歪で強固なLCの操縦桿を握りしめた。アンバー(琥珀色)の瞳が、覚悟を決めた友の姿を凝視する。
「……わかった。ニビ、お前は先に行け。死ぬんじゃねえぞ。……武運を」
「ああ。地獄の底で、また会おう」
家畜運搬船のハッチが開き、減圧の警報が鳴り響く。ニビの機体が闇へと躍り出し、ロウとキーヨもまた、それぞれの運命が待つ北の廃墟へと加速した。




