異世界の泥舟 ― 密輸港の取引 ―
西へ20キロ。赤砂の地平線の先に、岩山を強引にくり抜いて造られた巨大なクレーター――闇の密輸施設『バベル』が見えてきた。
「……ここか。ろくな連中がいなさそうだな」 ロウが漆黒のLCのセンサー越しに、武装した野良LCが闊歩するドックを睨む。アンバー(琥珀色)の瞳が、警戒に細められた。
ゲートへ近づくと、遮蔽板が開いた。そこに立っていたのは、全身の四分の一を無骨な機械に換装した大男、カムイだった。かつて戦場で死にかけた際、リップによって命を繋ぎ止められた彼は、彼女に決して返せない恩義を感じている。
「おいおい、リップの姐さんから聞いてたが……ひでえザマだな! そんなスクラップを運ぶスペースはねえぞ!」 カムイががなり立てると、背後から補助役の二人、メカニックのテトラと、狙撃銃を肩に担いだ女性メイが顔を出した。
「カムイ、余計な軽口はいいわ。姐さんからの『報酬』は受け取ったでしょ?」 メイが冷ややかにたしなめる。 「そうですよリーダー。ルナ・カノン特製のシミュレーターだ。これがあれば俺たちのLC(野良)も化けますよ!」 テトラが端末を叩きながら興奮気味に続く。
リップの通信が、彼らの喧騒を遮った。 「能書きはいいからハッチを開けて、カムイ。報酬はそれで十分でしょう?」
「……ケッ。あの姐さんには一生頭が上がらねえよ。野郎ども、D-4ハッチを開けろ! 亡霊さんたちの乗船だ!」
【泥舟への乗船:家畜運搬船『ノア』】
施設の中央に鎮座していたのは、巨大なイモムシのような形をした不格好なシャトルだった。アステリアの原生恐竜を詰め込むための檻が並び、不衛生な蒸気と獣の臭いが充満している。
「……軍の巡洋艦とは大違いだな。吐きそうだ」 ニビが氷結色の瞳を不快げに揺らし、10機のPTを機敏にカーゴへ収納していく。
「文句を言わない。この船の識別信号は『家畜』……軍のレーダーも、ただの密輸品だと思って見逃してくれるわ」 リップの冷静な声が響く。
ロウは、ひしゃげた足を軋ませながら、漆黒のLCをシャトルの深部へと歩かせた。周囲では、檻に入れられた小型恐竜たちが、黒い鉄の怪物を見て怯えたように鳴いている。
「家畜と一緒に宇宙へ、か。……皮肉なもんだな。俺たちも軍にとっては、替えの利く家畜だったわけだ」
【点火:ルナ・カノンへ】
ドックの天井が開き、アステリアの赤い空が覗く。
「……ロウ、ニビ、キーヨ。ここからは私の管轄外よ。カムイたちは私の商売相手だけど、無法者であることに変わりはない。目的の高度に達したら、力ずくでコクピットを奪いなさい。それが彼らへの『礼儀』よ」
リップの言葉は、相変わらず冷酷で合理的だった。カムイもまた、それを承知の上でニヤリと笑い、ブリッジへ向かった。
「わかってるさ。……ありがとな、リップ。アンタのコーヒー、また飲みに来るぜ。ミオソティスの香りがしねえやつをな」
ドォォォォォン! と腹に響く凄まじい振動と共に、家畜運搬船のロケットモーターが点火した。 硝煙と獣の臭いを乗せて、泥舟は重力という鎖を断ち切り、蒼く輝く『ルナ・カノン』が待つ漆黒の宇宙へと突き抜けていった。




