― 届かなかった花束 ―
今回もポエム回想シーン
リップが淹れてくれたコーヒーから、なぜかミオソティスの香りが立ち昇った。 その刹那、ロウの脳裏に、二度と触れたくないはずの過去が鮮烈に呼び起こされた。
― 届かなかった花束 ―
最前線へと送り出されたロウにとって、唯一の支えは定期的に届くルナからの短いメッセージだった。 「無事でいて」「次はミオソティスを植えましょう」。 だが、派遣から半年が過ぎた頃、その音信は唐突に、そして完全に途絶えた。
帰還の目処が立たぬまま、再会を願って花束に添えたミオソティスは2本増え、そして3本へと増えていった。ようやく停戦となり、ロウは色褪せ始めたその花束を抱え、ルナの勤める病院へと急いだ。
【再会なき帰還】
泥と硝煙の染み付いた軍服のまま、ロウはナースステーションへと向かった。だが、そこに彼女の姿はなく、代わりに一人の女性がロウの姿を認め、息を呑んだ。
「……ロウ君? 本当に、生き延びていたの……?」
ルナが「てんてんさん」と呼び、姉のように慕っていた同僚、天宮・テンだった。彼女の顔に喜びの色はなく、ただ痛ましいものを見るような、悲痛な視線がロウに注がれた。
「……ルナなら、もうここにはいないわ」
【てんてんさんの告白】
病院の屋上。吹き抜ける風に揺れるミオソティスを見つめながら、テンは重い口を開いた。
「ロウ君が戦場へ発ってすぐ、彼女、気づいたの。あなたとの新しい命を授かっていることに。……あの子、本当に喜んでいたわ。戦場から帰ってきたあなたに伝える日を、指折り数えて待っていた」
ロウの手が、花束の包装紙をミシリと握りしめる。
「大事を取って、彼女はすぐに仕事を辞めたの。それ以降、私は直接会えていないのだけど……噂で聞いたわ。あの子、体調を崩してしまって。……赤ちゃんは、ダメだったみたい」
テンの瞳から、堪えきれなかった涙がこぼれ落ちた。
「……それからしばらくして、一回り年上の、落ち着いた人と結婚したらしいの。……あなたを忘れるためじゃない。きっと、そうしなければ生きていけないほど、あの子は追い詰められていたんだと思うわ」
【亡霊の慟哭】
ロウは何も言えなかった。 自分が泥を啜り、生きて再会することだけを糧に地獄を這い回っていた間、ルナは独りで子供を失い、帰らぬ夫を待ち続ける絶望の淵に立たされていたのだ。
「……そうか。……ルナ」
ロウは、震える手で花束を置いた。そこは、かつて非番のルナと未来を語り合った思い出のベンチだった。 色褪せたミオソティス。それが、彼にとっての幸せだった日常への手向けとなった。




