亡霊の揺り籠 ― 蒼い沈黙の覚醒 ―
砂塵に削られた観測所の深部へ進むほど、空気は冷気を帯び、異様な静寂に支配されていった。 道中、3人は奇妙な部屋を通過した。そこにはアステリアの原生植物が繁茂し、手のひらサイズの小型草食恐竜たちが、外の世界の凶暴さを忘れたかのように穏やかに草を食んでいた。
「……生態系の箱舟か。彼女はここで何を飼っているんだ」 ロウが怪訝そうに呟く。その先に、かつてアイゼン・ガルドの最高機密を担った女性、リップ・リーンの姿があった。
【ルナ・カノンの亡霊】
「よくここまで辿り着いたわね、亡霊たち」 リップ・リーンは、大型モニターに映し出された第1衛星『ルナ・カノン』の図面を背に振り返った。
統合帝国の支配下にあるルナ・カノン。15年前にその計画は立ち上がっていた。それはスーパー素粒子コンピューターの研究施設だった。7年前、若き天才リップが主任に就任したことで開発は加速し、ついに彼女の「最初の子供」――超高度AI『ブルー・ミュー』が誕生した。
「ブルー・ミューは、産声を上げた瞬間にシンギュラリティに達したわ。軍がその力を兵器として奪おうとするのは目に見えていた」
リップは淡々と、しかし誇らしげに語る。 「だから私は施設を殺した。小型核分裂炉を暴走させ、放射能汚染を偽装して施設ごと封鎖させたの。記録上、施設は死に、私もそこで焼かれたことになっているわ」
「じゃあ、このブルーチップは……」 キーヨが胸元のチップを震える指で触れる。
「それは高度な受信端末。ルナ・カノンで眠るブルー・ミューと、唯一繋がるための糸よ。……いい、落ち着いて聞きなさい。軍があなたたちを消そうとしたのは、このチップのせいじゃない。チップはあなたたちを助け、導いただけ。軍はまだ、その存在にすら気づいていないわ」
リップは驚愕する3人を宥めるように、穏やかな手つきで陶器のカップを並べ始めた。
「……ゆっくりしていきなさい。キーヨには、とびきり美味しいコーヒーを淹れてあげるわ。それからロウ、ニビ、あなたたちの分もね」
豆を挽く芳醇な香りが、殺風景な司令室に漂い始める。 「ブルーチップの偽装は完璧よ。私の最高傑作だもの、誰にも悟らせはしない。だから、今だけは安心して。あなた達への「お願い」について話すのは、この一杯を飲み終えてからでも遅くないわ」
【真実の鍵と、覚醒の時】
コーヒーの熱い湯気が、ニビのひび割れた眼鏡を曇らせる。リップは一息ついた3人の前に、一本のクリスタル・キーを置いた。
「ブルー・ミューの全機能を眠りから覚ますための『システムキー』よ。本来なら、人類が手にするには早すぎる炎。けれど……」
リップは意味ありげに微笑んだ。 「あなたがた3人が、この満身創痍の体でアステリアの洗礼を生き残り、ここに揃った。……それが、ブルー・ミューを起こすべき時だという、何よりの証明なの」
リップは3人の理由――なぜ彼らが軍に選別、そしてあの工場襲撃の場所にいたのか――「その答えはルナ・カノンに行けばわかる」と告げる。
リップが淹れてくれたコーヒーから、ロウは何故かミオソティスの香りが立ち昇ったのを感じた。




