亡霊の羅針盤 ― リップ・リーンの招喚 ―
船体を包む摩擦熱がモニターを赤く染め始める直前。 ニビは不意に、キーヨの手元へ鋭い視線を向けた。
「……一つ、確認しておきたい。キーヨ、君はブルーチップの最終キーが第1衛星『ルナ・カノン』にあると確信していたはずだ。だのになぜ、君はこの土壇場で、何のデータもないアステリアを目的地に設定した?」
キーヨは操縦桿を握る手を微かに震わせ、静かに口を開いた。
「……本当はね、一人でルナ・カノンへ行くつもりだった。二人を安全にアステリアへ逃がしてから、そこでチップの謎を解こうって」
「効率的な自己犠牲だな。だが、君は今、ここにいる」
「そうね。……確信があったわけじゃない。ただ、このチップが脈打つたびに、何かが頭の中に流れ込んでくるの。『ここは違う、あそこ(アステリア)へ行け』って……。あの大地には、私たちが知らなきゃいけない『何か』がある。そんな理屈じゃない予感がしたのよ」
キーヨの告白を受け、ニビは重い沈黙の後、懐から古びたポータブル・データユニットを取り出した。
「……理屈じゃない、か。奇遇だな。私の計算も、つい先ほどから狂いっぱなしだ」
ニビがユニットを起動させると、ノイズ混じりの音声ログが再生された。
『――こちら、アステリア。……聞こえるか、ニビ。君なら、この周波数の意味に気づくはず。……チップ(ブルーチップ)を連れてこい。ここが、すべての「亡霊」が立ち寄る場所――』
その声を聞いた瞬間、ロウが身を乗り出した。 「おい、この声……どっかで聞いた覚えがあるぞ。俺が知ってるってことは、かなりの有名人だろ!」
「ああ。私のいた研究所で、かつて『天才』と謳われた研究者のものだ。部署は違ったが、素粒子コンピュータの分野において彼女を超える者はいなかった」
ニビの表情が、これまでにないほど険しくなる。
「だが、あり得ない。彼女は2年前、初期の実験中に事故で命を落としたはずだ。記録上、彼女は死んでいる」
「じゃあ、今のメッセージを送ってきたのは誰なんだよ?」
「……発信源の署名は、こうなっていた。『リップ・リーン』。……おそらくは、私たちよりもずっと早くに、あの大地に降り立った**『最初の亡霊』**だ」
キーヨの予感と、死者からの招喚。 バラバラだったパズルが、アステリアという巨大な盤面の上で組み合わさっていく。
「……行くしかないようね。その『亡霊』さんが、歓迎してくれるのを祈りながら!」
ニビがナビゲーション・ホログラムを広げる。
「リップ・リーンの信号源は、北半球のボレアリス大陸。険しい山脈が連なる極地から南に下った、広大な砂漠地帯だ」
キーヨがスロットルを最大まで押し込む。強襲艇『アステリア1型』は、真っ赤な炎に包まれながら、雲海の下に広がる未知の暗黒へと突き進んでいった。




