亡霊の懺悔 ― 汚辱の系譜 ―
強襲艇『アステリア1型』が慣性航行に入り、キャビンに束の間の静寂が訪れた。キーヨはコンソールの前で、自分が盗み出したスパイ名簿のデータを弄んでいた。
「……ねえ、ニビ。私、ずっと二人を騙してた。ネオ・シオンの潜入員として、あなたたちの情報を流すために近づいたの。……結局、怖くなって逃げ出した裏切り者だけどね」
自嘲気味に笑うキーヨ。だが、隣に座るニビは、眼鏡の奥の瞳を動かさず、ただ暗黒の宇宙を見つめていた。
「……裏切りか。君のそれは、少なくとも『人間』の範疇だ、キーヨ」
ニビの声は、いつもより低く、湿り気を帯びていた。彼は震える手で眼鏡を外し、自身の過去を、喉の奥から絞り出すように語り始めた。
【ニビの告白:非道な計算の果て】
「君の仲間を『処理』したのは、私だ」
キーヨは操作パネルを叩く手を止め、不審げに隣を向いた。 「……どういうこと? あれはパライソ大佐が……」
「いや、違う。計画を実質的に指揮し、実行させたのは私だ。……かつての私は、技術将校として、自律型アンドロイドの開発責任者を務めていた」
ニビの声は、自身の魂を削り出すようにかすれていた。背後で銃の整備をしていたロウも、その異様な空気を感じ取り、黙って手を止める。
「上層部は、機械の兵士に『本能』と『進化』を求めた。彼らが私に命じたのは、異世界アステリアで採取された巨大生物の『進化遺伝子』を、人間の体に組み込むという禁忌の人体実験だ……。私は、自分のキャリアのためにその指示を受け入れた」
「遺伝子を……人間に……?」 キーヨの顔から、みるみる血の気が引いていく。
「大きな施設を使い、全部署を動員する大規模なプロジェクトだった。……隠し通せるはずもなかった。そして、実験体として送り込まれてきたのは、死罪が決まった軍にとって『不要』と判断された者たち……。正体が露呈したスパイ、つまり君の仲間たちだ」
キーヨの身体が、目に見えて震え始めた。 「……じゃあ、あの時行方不明になった私のチームのみんなは……」
「……実験は失敗した。巨大生物の遺伝子は、人間の精神を内側から食い破り、彼らを言葉を持たない『肉の部品』へと変えてしまった。……何も得ることのない、ただの虐殺だったよ」
ニビは顔を上げることができなかった。 「君の仇は、軍でもパライソでもない。……この私だ」
「……っ!!」
キーヨは激昂し、ニビの胸ぐらを掴み上げた。拳を振り上げるが、ニビは抵抗せず、ただ死を待つような瞳で彼女を見つめている。
「……ふざけないでよ! 今さらそんなこと言って、死んで詫びるつもり!? 私がどんなに……どんなにみんなを待ってたと思ってるのよ!」
その時、横からロウの大きな手が、キーヨの拳を優しく、だが力強く包み込んだ。
「……離して、ロウ! こいつが、こいつがあの子たちを……!」
「――わかってる。わかってるよ、キーヨ」
ロウの声は、驚くほど静かだった。彼はニビの肩に手を置き、目を閉じているニビに言葉を投げかける。
「ニビ。お前がやったことは、どんな言い訳も通用しねえクソ溜めのような過去だ。……だが、そのクズが、今は一人の女を助けるために命を張ってる。それが計算ミスだってんなら、最後までそのミスを通し続けろ。ここでキーヨに殴られて死ぬなんて、一番効率が悪い『逃げ』だぜ」
ロウの言葉に、キーヨの力がゆっくりと抜けていく。彼女はニビを突き放し、床に崩れ落ちて声を殺して泣き出した。
ニビは、地面に滴るキーヨの涙を、ただ見つめることしかできなかった。かつての彼なら「塩分濃度の変化」としか捉えなかったその雫が、今は焼けた鉄のように彼の心を焦がしていた。
「……すまない。……本当に、すまない……」
どれほどの時間が過ぎただろうか。キーヨはゆっくりと顔を上げ、まだ震える手でニビの肩を、今度は叩くように触れた。
「……バカね、ニビ」
キーヨは、無理やり作った掠れた声で、小さく笑った。 「一人で責任取れるほど、あなたの罪は軽くしないでしょ。……三人で泥を被れば、一人分は少しはマシになるわよ。不味いコーヒー三杯分くらいにはね」
ニビは一瞬だけ、驚いたように目を見開き、そして力なく、だが確かに頷いた。三人の亡霊を乗せた艇は、それぞれの消えない罪を抱えたまま、太陽の裏側――アステリアへと向かっていく。




