決別と再会 ― セレーネ・データムの陥穽 ―
蒼い光が明滅する中枢アーカイブ室。パライソ大佐の冷徹な命令が下った。 「カイム特務曹長。君の『整備士ごっこ』もここまでだ。射殺せよ」
私兵たちの指が引き金にかかったその瞬間、部屋の全照明が爆ぜるように消え、漆黒の闇が支配した。
「――熱源感知、残り5秒。閃光弾を投擲する。キーヨ、目を閉じろ!」
聞き慣れた、理屈っぽい声。 直後、凄まじい轟音と白い光が室内を焼き尽くした。不意を突かれた私兵たちが呻き声を上げ、統制を乱す。その混乱の隙間を縫って、黒い影が二つ、獣のような速度で躍り出た。
亡霊の眼光 ― 嘘の綻び ―
――数時間前。 アイゼン・ガルド領、ガレリア大陸の隠れ家。
キーヨが「ルナ・カノンへ向かう」と嘘の説明を残して闇に消えた直後、そこにはそれぞれの出発を偽装していた二人の男が残っていた。
「……行ったな」 ロウが、準備していたスーツケースを床に投げ捨てた。重い音が、静かな部屋に不自然なほど大きく響く。
「ロウ、君も気づいたか」 ニビはモニタを見つめたまま、眼鏡の縁を指で押し上げた。彼の前にある画面には、キーヨが先ほどまで「表のブリーフィング」で使っていた偽りの航路データが残っている。
「ああ。あいつは嘘をつくとき、俺の眉間あたりをじっと見やがる。……それに、あの脱出ルートはやけにアイゼン軍の警備が薄すぎる。あいつ、自分ひとりでどこへ行くつもりだ」
「論理的に見て、彼女の提示したプランは破綻しているよ」 ニビはキーヨが渡した偽造IDのソースコードを高速で解析していた。 「このIDには、精巧な偽装の裏に、特定の周波数でしか反応しない『指向性ビーコン』が仕込まれている。……我々をルナ・カノンへ導くためではない。我々が窮地に陥った際、彼女が遠隔でアイゼン軍の通信を攪乱するための『保険』だ」
「……あのアホ、何を考えてやがる」 ロウが拳を握りしめ、ボロボロのパイロットスーツを羽織る。
「それだけではない。彼女が残したログの残滓を辿ると、最終アクセス先はネオ・シオンの第2衛星『セレーネ・データム』だ」
ニビの瞳に、過去の痛みが一瞬だけ過ぎた。だが、それはすぐに鋭い光へと変わる。
「キーヨは、独りで何かを調査するために危険を冒し、我々を安全に異世界へ逃がしてから、自分は一人で責任を取るつもりらしい……。そんな非効率な自己犠牲を計算している」
「……ふん、あいつの不味いコーヒーと同じくらい、飲み込みづらい計画だな」 ロウは、表に隠していたバイクに力強く飛び乗った。
「ニビ、ルートは任せる。あいつが『もうダメだ』って目を閉じた瞬間に、一番見たくねえ面を拝ませてやろうぜ」
「了解した。……最短距離を計算する。到着までの誤差は30秒以内だ
「オラァッ!!」
ロウだ。彼は手にした重厚なショットガンを火を吹かせ、近寄る私兵を一人、また一人と物理的にねじ伏せていく。洗練されたネオ・シオンの格闘術に対し、アイゼンの最前線で磨き抜かれた、野性的で実直な暴力が炸裂する。
一方、ニビは闇の中を滑るように動き、正確な射撃で敵の武器だけを無力化していく。 「キーヨ、右だ。3人来る。……伏せろ」 言われるがままにキーヨが身を低くすると、彼女の頭上をニビの弾丸が通り抜け、背後にいた兵士の肩を的確に射抜いた。まさに論理的な制圧。
「……ロウ! ニビ!? どうしてここに……」
呆然とするキーヨの腕を、ロウが強引に掴み上げた。その手はオイルで汚れ、酷く無骨だったが、今のキーヨにはどんな神の手よりも頼もしく見えた。
「話は後だ! パライソ! 異世界のデータも、うちの整備士も、まとめて返してもらうぜ!」
「亡霊風情が……ッ!」 パライソ大佐が奥の非常扉へ逃げ込む。同時に、衛星内にアラートが鳴り響いた。 『警告。格納庫エリアでLCの異常起動を感知。防衛システム、レベル5へ移行』
「あいつ、アスラを動かす気よ! 逃げなきゃ……!」
「逃げる必要はない」 ニビが奪った端末を操作しながら不敵に笑う。 「キーヨ、君の端末に私の『特製プログラム』を送っておいた。君が細工したあのアステリア1型高速強襲艇……格納庫の第4ゲートにある機体なら、すでに出発の準備は済んでいる」
「……ニビ、あんたって人は!」 キーヨの顔に、ようやくいつもの「不敵な整備士」の笑みが戻った。




