閑話01:亡霊の休息 ― 澱(おり)の中の対話 ―
深い霧に包まれた廃工場。その地下に眠る古い変電所跡が、ブルーチップが導き出した今回の隠れ家だった。湿ったコンクリートの匂いと、微かに焦げた電気系統の臭いが漂う中、三人はそれぞれの痛みに耐えていた。
ロウは壁に背を預け、上半身を晒していた。脇腹から肩にかけて、アスラにはじき飛ばされた際に負った深い裂傷と打撲の痕が、どす黒く変色している。
「……痛むか」 ニビが、手慣れた手つきで医療用ボンドをロウの傷口に塗り込んでいく。軍の衛生兵としての訓練も、彼にとっては体に染み付いた「規律」の一つだった。
「……あいつに比べれば、マシだ」 ロウが視線を向けた先には、満身創痍の三台の量産型LCが立っていた。ニビの盾は砕け、ロウの機体は背部装甲がひしゃげている。かつて彼らが守ろうとした「居場所」は、もうどこにもない。
「敵の数は、控えめに言っても絶望的ね」 キーヨが、膝の上に広げたホログラムモニターを指で弾いた。 「軍はアスラを失敗作として処理したわ。それと同時に、私たちの存在も『記録』から完全に抹消しようとしている。さっきのPTの雨……あれは、そのための仕上げよ」
「……組織は常に、己の失態を隠蔽するために、より大きな暴力を振るう」 ニビが眼鏡の奥の瞳を細める。 「規律を外れた我々に、もはや逃げ場はない」
「逃げ場なら、最初からねえよ」 ロウが痛みに顔を歪めながら、コックピットに貼り付けた「花」の残骸を思い浮かべるように目を閉じた。 「……ニビ、キーヨ。俺は、あいつを……アスラをぶっ壊す。軍がどう動こうが関係ねえ。あいつを止めるまで、俺の戦いは終わらない」
「……ふん。一人で死なせるほど、私はお人好しではない」 ニビは包帯を締め上げ、ロウの肩を一つ叩いた。 「私の盾はまだ半分残っている。次は、その半分を使い切るまでだ」
「もう、二人とも頑固なんだから!」 キーヨが溜息をつきながらも、ブルーチップの複雑な階層データを次々と展開していく。 「……でも、ただ突っ込むだけじゃ勝てないわ。このチップの解析を進めてわかったんだけど、これ、性能自体はアスラと同等か、それ以上よ。ただ――通信の『出処』が遠すぎるの。まるで異世界から届いているようなタイムラグがある」
「異世界、だと?」 ニビが不審げに眉をひそめる。キーヨは含みのある表情で、深く頷いた。
「私の推測だけど、このチップの『本体』はここにはない。まず目指すべきは、この信号が繋がっている先……『異世界の入り口』よ。そこに、アスラを越えるための答えがあるはず」
「……それは、ブルーチップからの指示か?」 ロウの問いに、キーヨは「ええ、おそらくね……」と、確信と不安の混じった声で返した。
「軍の目を晦ますために、ここからは別々に行動しましょう。現地で落ち合う。それまで、絶対に捕まらないで」
地上では、軍の哨戒機が放つサーチライトが、冷たく霧を切り裂いている。 三人の亡霊は暗がりの底で、反撃の爪を研ぐ代わりに、自分たちを導く「チップの正体」を確かめるべく、それぞれの孤独な行軍を決断した。




