― 記憶の澱(おり):午後の光の中で ―
激しい衝撃とアラート音が遠のき、意識は陽光の溢れる「あの午後」へと引き戻される。 そこは病室でも、戦場でもなかった。
初めてのデートは、突き抜けるような青空の下、人混みで賑わう海沿いの公園だった。 軍の憲兵隊に配属されたばかりのロウは、不慣れな私服に身を包み、所在なげに立っていた。そこに、人波を縫うようにして駆けてきたのがリナだった。
「お待たせ、ロウ! 憲兵さんなのに、待ち合わせの時間には疎いのね!」
そう言って笑うリナの頬は、陽に焼けて健康的な朱色に染まっていた。 今の彼女が纏う「青」ではなく、その日の彼女はひまわりのように明るい黄色のワンピースを揺らし、風を切って走っていた。
彼女はロウの腕を躊躇いもなく掴み、賑やかなマーケットへと彼を引っ張っていく。
「見て、ロウ! この革のブレスレット、ロウの機体に似てるんじゃない?」
「……機体はもっと無骨な色だ」
「もう、無愛想なんだから。でも、そういうところ、嫌いじゃないよ」
そう言って笑い転げる彼女には、影の一つもなかった。 屋台で買ったアイスクリームを頬張り、溶け出したクリームに慌て、潮風に煽られて乱れた髪をかき上げる。その一挙手一投足が躍動感に満ち、ロウの目には、彼女が「生命」そのものであるかのように映っていた。
夕暮れ時、防波堤に腰掛けた二人は、黄金色に染まる海を眺めていた。 「ねえ、ロウ。ロウがいつか大きな任務を終えたら、もっと遠くの国へ行きましょうよ。パスポートを作って、見たこともない色の鳥がいるような場所へ」
ルナは大きく背伸びをして、未来を掴み取ろうとするかのように手を伸ばした。 「約束だよ。私、ロウの隣ならどこまでだって歩いていけるから」
その時、彼女が握りしめたロウの手の力強さ。 瑞々しく、熱を持ち、明日が来ることを微塵も疑っていなかったあの掌の温もり。
それこそが、今の「亡霊」となってしまったロウが、どれだけ血を流しても、どれだけスクラップを積み上げても、二度と取り戻すことのできない唯一の光だった。
― 覚醒:亡霊の再起 ―
黄金色の海、温かな掌、そして彼女の笑い声――。 すべてが甘い霧のように溶け、代わりに冷徹な鉄の匂いが鼻腔を突く。
「……ロウッ! 応答して、ロウ!!」
キーヨの悲痛な叫びが、ノイズまじりのスピーカーから脳を揺さぶる。 目を開けたロウの視界に飛び込んできたのは、ひび割れたモニターと、迫りくるアスラの残された隠し腕の砲身だった。
ドォォンッ!!
追撃の弾丸が量産型LCの装甲を削り、火花がコックピット内に飛び散る。 「約束だよ」と囁いた彼女の声は、今はもう、アスラが吐き出す機械の駆動音にかき消されていた。
「……ああ、そうだ。ルナ」
ロウの瞳から光が消え、代わりに底冷えするような殺意が宿る。 彼は血の混じった唾を吐き捨て、ひしゃげた操縦桿を力任せに握り直した。
「約束した場所は、こんなクソみたいな戦場じゃなかったはずだ……!」
ロウの量産型LCが、断末魔のような高周波を上げながら、再び駆動を始めた。 背中を撃たれ、煙を吹きながらも、その動きは先ほどまでとは一線を画していた。キーヨの演算さえ追い越すような、過去の後悔を燃料に変えた「亡霊」の機動。
「ニビ、離れろ! キーヨ、全リミッターを解除……回路が焼き切れても構わねえ、出力を全部ホイールに回せッ!!」
「でも、それじゃ機体が持たないわよ!」
「構うな! 亡霊に、明日の心配なんて必要ねえんだよ!!」
地を這うような咆哮とともに、ロウの機体が火花を引いて加速する。 それは、失った光を追い求めるような、狂気じみた突撃だった。




