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黒巣•崩壊

 ヴォルクリンの許可を受け、ナインは任務を開始した。

 天幕内、作戦卓には広範囲地形図が広げられている。

 彼の視線は地図に注がれ、口の端で短い呟きが繰り返された。


 左目の義眼の奥で、細かな文字列が流れ続けていた。

 側頭部を走る角が、呼応するように淡い光を帯びる。

 ナインは、地上から遠く離れた上空――超長距離の位置にある観測用ドローンを操作していた。


 今回の《黒巣》への爆撃。その主軸となるのは、《黒扉》の応用だった。

 異界の邪神が遺した禁書《禁門・外典》。

 その内容を完全に読み解いたナインは、いまやその異能を自在に操ることができる。


 《黒扉》は、触れた物質を異界へと跳ばす。

 ナインは複数の《黒扉》を連携させることで、物体を瞬時に異なる座標へと転送する技術を確立していた。


 今回の作戦では、大量の岩石を高度千キロの上空へと転送し、自由落下による大質量攻撃を行う。

 使用する岩石は、レヴィアタン商会が計画していた街道整備、山岳トンネル工事予定地に《黒扉》を展開し、山を一気に削り取ることで数百万トン規模の岩塊を確保する事にした。



 * 

 


 夜が山間を覆い、闇がすべてを沈めていた。

 その中に、干渉縞のような黒の線が走る。

 空間が裂けるようにして、《黒扉》がゆっくりと展開された。


 この術式は、物質を異次元へ跳ばすもの。

 今回はそれを応用し、岩塊を別空間を経由して再配置する――転送魔法として用いる。


 ナインはドローンの映像を通じて、岩盤の形状を読み取る。

 視線が微かに動くたび、義眼の奥で数値が流れた。

 質量、密度、重心、体積比。

 十トンを超える花崗岩の塊が、頭の中で演算され、転送対象として定義されていく。


 次の瞬間、《黒扉》が岩盤を削り取るように展開した。

 抵抗を受けることなく削り取られた岩塊は、そのまま異空間に吸い込まれ、地上千キロの高高度へ転送される。


 ナインはすでに、上空の環境データも掌握していた。

 高度、緯度、経度、落下軌道、風速、重力加速度――。

 《黒巣》への着弾誤差を最小限に抑えるため、複数の変数を瞬時に計算する。

 外から見れば、地図を凝視しながら何かを呟いているようにしか見えない。


 彼の角が淡い光を放った。

 魔力制御が限界域に達した証だ。

 光は一定の間隔で明滅し、過剰な魔力が微細な放電となって空気を震わせる。電離した空気が小さく弾け、焦げた匂いが漂った。


 上空では、自由落下を始めた巨岩が第二の 《黒扉》に包まれていた。

 《黒扉》によって空気抵抗は完全に消去され、岩塊は純粋な重力加速度に従って落下する。

 計算上、終端速度は秒速四千メートル。

地表に到達するまで、およそ八分だった。



 * 



「……試射、着弾確認。第一弾、二百メートル北――」


 極度の集中の中、ナインの声から抑揚が消えていた。

 独り言のような呟きが続く。


 淡々と照準を修正しながら、続けざまに二発目、三発目――


「第二弾……修正範囲内。着弾点良好。三発目、右二百、修正要……」


 ナインの瞳がわずかに開かれた。

 その口元に、かすかな笑みが浮かぶ。


「……命中確認。中央直撃」


 次の瞬間、ナインはヴォルクリンたちに視線を向けた。


「攻撃を開始します。合計三発。着弾まで、あと八分です」


 天幕内の空気が張りつめる。

 重苦しく時間だけが、遅く流れていく。

 ナインは視線を地図に戻し、淡々と数を刻んだ。


「……着弾まで、三、二、一――今」


 声と同時に、眩い閃光が布越しに天幕の内側を白く染めた。

 全員が反射的に外へ出る。


 《黒巣》の方向の空が、輝いていた。

 それはまるで夜明けの光のようで、十数秒ののち、再び闇が戻ってくる。


 やがて、大地が微かに脈動し、天幕の梁が軋む。

 空気が震え、地表に広がる波が肌に伝わる。

 遠い森から、無数の翼が一斉に飛び立つのが見えた。


 次の瞬間、地の底から低い唸りが響き、野営地全体が大きく突き上げられた。

 足下が浮き、身体が一瞬、重力を失う。

 間を置かずに、再び波のような衝撃が押し寄せ、地面がたわんだ。

 即席の台からカップが転がり落ち、土の上を転がっていく音が耳に残る。


 三度にわたる、六百万トンを超える質量の衝突――。

 その余波が、三十キロ離れた野営地にまで届き、三十分もの長い震動をもたらしていた。


 誰も言葉を発しない。

 風が天幕の布を揺らし、遠くで地鳴りだけが続いている。


 やがて、震えが少しずつ収まり始めた。

 余震の気配がまだ残る中、誰もが言葉を失っていた。

 その沈黙を破ったのは、魔導通信機の短い呼び出し音だった。


 周囲の視線が集まる。

 天幕の隅で、通信兵が通話器を握りしめる。

 声を押し殺すように、確認を繰り返していたが、次の瞬間、顔が強張った。


「――偵察中隊より緊急通信!」


 報告の声が上ずる。

 通信兵が幕を押し分けて外に飛び出した。

 夜風が一気に吹き込み、天幕の灯りが揺れる。


「《黒巣》崩壊を確認!」


 その声が夜気を裂く。

 全員が一瞬息を止め、次いでざわめきが広がった。

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