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卒業パーティーで-BSSな魔法使い3

 辺境伯領公立魔導学園――春の終わりを告げる夜。

 講堂の灯火が金と銀の光を交錯させ、天井に浮かぶ魔法灯が柔らかな明かりを広げていた。

 今宵は、卒業パーティーだった。

 新たな旅立ちの日を迎える後輩たちを祝うため、各地で名を上げた卒業生たちも集められている。


 音楽が流れ、笑い声が混じり合う。

 その中で、澄んだ鐘の音が三度響いた。

 ざわめきが収まり、無数の灯火が呼吸するように瞬く。


 壇上に立つ青年――ユリウス・アウグラード・ラズヘルド。

 王家の第二王子にして、今年度の卒業生代表。

 十五歳になった彼は、短く整えた金の髪に薄青の瞳を宿し、深い青の礼服には王章が輝いていた。

 その立ち姿は若き学徒でありながら、いずれ国政と戦の中枢を担う者の面影を漂わせている。


 一歩前に出たユリウスは、口を開いた。


「三年前――私たちがまだ一年生だった頃。

 あの日、大地を覆うほどの魔王軍が押し寄せました。

 学園にも動員命令が下り、混乱の中にいたことを、今も覚えている者は多いでしょう」


 場内に、わずかな緊張が走る。

 三年という歳月が経っても、あの魔王軍大侵攻は多くの者の心に消えぬ爪痕を残していた。


「勇者ルクレツィア殿、そして辺境伯領軍の方々の奮戦によって――あの侵攻は退けられました。

 絶望に沈みかけた国に、再び光が戻ったのです。

 その後、我ら人類は魔王軍に抗うため、魔導の探求を進め、数々の対魔王特効兵装を生み出しました。

 その叡智と努力の果てに、我々は今、《黒巣》—魔王軍の本拠地を目前にしています」


 ユリウスはわずかに視線を上げ、光を受けた瞳がきらめく。


「この三年間で、我々はただ戦う力を学んだわけではありません。

 人の叡智とは何か、魔導の深淵とは何か――その答えを求める機会を得た。

 それこそが、この学園で過ごした日々の、何よりの幸運だったのだと思います」


一拍の沈黙。

彼はゆっくりと会場を見渡した。



 *

 


 パーティー会場の一角――階段の下、少し開けた場所に、十八歳になった四人の姿があった。


 勇者ルクレツィア・ヴァン・クラウド。

 今では対魔王軍戦争の特記戦力として、名実ともに「勇者」と呼ばれる存在となった。

 幾多の戦場を越えてきた彼女の横顔には、それでも昔と変わらぬ穏やかさがあった。

 ソバージュのかかった金のボブヘアが肩で揺れ、碧の瞳には優しい光が宿る。

 白いドレスは装飾を抑えているが、彼女の清らかさをそのまま映していた。


 隣に立つのは、エルヴィナ・ヴァン・レヴィアタン名誉男爵令嬢。

 白金の髪を丁寧に巻き上げ、代名詞とも言える縦ロールが動作に合わせて揺れる。

 やや吊り目がちな緋色の瞳は、光を受けて冴え冴えと輝いていた。

 身体の曲線を引き立てる紅のドレスは、彼女の誇りと自信をそのまま形にしたようだった。

 レヴィアタン家の総領娘として、彼女は資金面、軍事面から辺境伯領に多大な貢献を果たしている。

 やはり彼女の代名詞となっている、たわわに実った胸元には、ナインから贈られた黒水晶のペンダントが揺れていた。

 黒は彼の髪の色であり、その内部にはナインの髪が一房、封じられている。

 無意識のように彼女は時折、そのペンダントに触れる。

 指先が触れた瞬間、ふと頬を染めたように微笑むことがあった。


 ミレーユ•ヴァン•シュトルムベルク辺境伯爵令嬢は、少し離れた場所から三人を眺めている。

 銀青の髪を背に流し、水色のシックなドレスを纏っている。

 細身の体躯には、貴族の令嬢らしい気品が自然に滲んでいた。

 ミレーユは、今や社交界でその名を知らぬ者はいないほどの存在となっていた。

 少女の頃は、そのあどけない微笑みと澄んだ瞳が「天使のようだ」と評されていた。

 だが近年、その面影の上に、成熟した静かな美しさが宿り、社交界では、いつしか彼女を「女神のようだ」と呼ぶ声が広がっていた。

 彼女の形の良い耳元で光る黒真珠のピアスは、ナインからの贈り物。黒は彼の瞳の色だった。

 瑠璃色の右眼と、翡翠色の左眼――その双眸は、遠い理想郷でも見ているかのように蕩けている。

 だが、その視線の先はナインとルカが、並んで談笑している姿だった。


 ミレーユは左手を自分の頬に添えて、息を呑む。

 そして、ほんの一拍置いて――

「……尊い……」と、惚けるような声を漏らした。


 ルカがナインの袖を掴んで甘えた様子を見せた直後、口元を押さえながら、肩を小刻みに震わせる。

 

「……そ、尊死してしまいそう…」

 

 その横顔には、貴族令嬢としての威厳など一片もなく、完全に“推し”を見守る信者の顔だった。


 ルカの隣には、ナインが立っていた。

 背丈は彼女たちよりも頭ひとつ分高く、黒を基調とした礼服に身を包む。

 胸元の緋色のペンダントはエルヴィナからの贈り物。緋は彼女の瞳の色。

 右耳の瑠璃色、左耳の翡翠色のピアスはミレーユから贈られたもので、それぞれ彼女の瞳の色を映している。

 左目は義眼であり、側頭には冠のような形をした青灰の角があった。

 それでも、その姿には威圧ではなく、物静かな雰囲気があった。

 三年前の少年の影はもうなく、そこにいるのは、孤高の魔法使いとしての風格を帯びた青年となっていた。


「……気づけば、もう三年も経ったのね」


 ルカが小さく呟く。

 翠の瞳が照明の光を受けて、やわらかく光った。


「来月には、いよいよ《黒巣》の攻略が始まりますのね。気を引き締めていかなくては」


 エルヴィナがグラスを傾け、赤い液体の表面を見つめながら言った。

 その声には、戦場を知る者の緊張と、静かな決意が混じっていた。


 ミレーユは微笑を浮かべ、軽く頷く。

 

「ここまで来れたのも、ナインが記憶の水晶との対話方法を確立してくれたおかげですね」


 ──三百年以上、辺境伯爵領軍は魔王軍との戦いを続けてきた。

 だが、戦局は今、人類側が圧倒的な優位に立っている。


 その転機となったのは、記憶の水晶との対話が可能になったことだった。

 水晶には、かつて魔王を創り出したとされるシュトルムベルク家十二代前の当主――アルトゥール・ヴァン・シュトルムベルクの記憶が封じられていた。

 そこから得られた情報は、長く劣勢にあった戦局を、一気に覆すほどのものだった。


 魔王の眷属に混乱を生じさせる特殊なフェロモンの実戦配備。

 魔王軍の素体となった蟻型魔獣の天敵を、生物兵器として再現した研究。

 そして今やナインの固有魔法となった、魔王の眷属に有効な細菌魔法。


 それらの対魔王軍特効兵装の導入により、各地で戦線は急速に押し上げられていった。


 そして来月。

 辺境伯爵領軍はついに、魔王軍の本拠地――《黒巣》への総攻撃を開始する。


 長く続いた戦いの終着点が、いま目前に迫っている。



 *


 

 ユリウス・アウグラード・ラズヘルド第二王子は、一度言葉を切り、壇上から会場を見渡した。

 金糸のような髪が照明を受け、淡く光を返す。


「……近年の戦局において、とりわけ勇者ルクレツィア・ヴァン・クラウド殿の働きは、目覚ましいものでした」


 ユリウスは一息つき、声の調子を整える。


「その功績により、王国議会では――長らく勇者に課せられてきた制限の一部を緩和する案が、正式に検討されています。

 議論は、シュトルムベルク辺境伯爵閣下、そしてレヴィアタン名誉男爵閣下両名の後押しによって進められており……」


 穏やかな声が講堂に広がる。

 聴衆の間には、期待と驚きが混ざったざわめきが流れた。


「そして、もしも――この戦いが終わり、魔王の討伐が成し遂げられた暁には。

 勇者の婚姻に関わる制限も、正式に解除される見通しです」


 会場がわずかに息を呑む。

 ユリウスはその反応を受け止めるように、穏やかに微笑んだ。


 その言葉の意味を理解するまで、ほんの一瞬の間があった。


「……えっ」


 最初に声を漏らしたのはルカだった。

 頬が熱を帯び、彼女は息を呑んでナインを振り返る。


「ナイン! 聞いた? 勇者の婚姻制限、解除されるって――!」


 抑えきれない歓喜が身体を突き動かした。

 ルカは思わずナインに飛びつき、両腕でその胸を抱きしめた。

 周囲の視線も忘れ、ただその温もりを確かめるように。


 ナインは受け止めながら、短く息をついた。

 わずかな照れを含んだ笑みが、唇の端に浮かぶ。


 二人の視線が重なった。

 ざわめく音が遠のき、互いの瞳だけが世界のすべてのように映った。


「……ルカ、よかった」

「うん……! やっと、やっと一緒に……」


「ふふっ、ルカ、ナイン。おめでとうございますわ」


 エルヴィナがグラスを掲げ、優雅に微笑む。

 その表情は晴れやかで、まるで自分のことのように嬉しそうだった。


 そして少し離れた場所で、ミレーユが両手を口元に当てていた。

 瑠璃と翡翠の双眸が潤み、肩を震わせながら小さく呻く。


「ちょ、ちょっと待って……は、鼻血が……!」


 彼女は顔を真っ赤にし、デュフフ……と声にならない笑いを漏らした。


「そして――」


 ユリウスの声が再び壇上から響く。

 今度の声音には、先ほどの穏やかさに代わって、芝居がかった抑揚が混じっていた。


「勇者ルクレツィア殿の近年の功績に鑑み、王家は制限解除の折、正式に――」


 言葉をひと呼吸置き、聴衆の視線を集めてから、はっきりと告げた。


「私とルクレツィア嬢の婚約について、シュトルムベルク家およびクラウド家へ打診する予定です」


 一瞬、時間が止まったような静寂。

 次いで、講堂のあちこちから黄色い歓声が湧いた。


「えっ……婚約!?」「殿下と勇者様が……!」

 若い令嬢たちが頬を染め、憧れを込めた声を上げる。


 だが、その華やかな熱の中で、ただひとり――異質な気配を放つ者がいた。


 ナインだった。


「……は?」


 低い声が漏れた。

 次の瞬間、彼の周囲の空気がわずかに歪む。

 魔力が制御を離れ、殺気を帯びて滲み出す。

 黒い礼服の裾が揺れ、周囲のいくつかの魔法灯が破裂した。

 義眼の奥が淡く光を宿し、側頭部の角に細い稲光が走る。


 会場の空気が一瞬で張りつめた。

 エルヴィナは素早くナインの裾を摘み、耳元で囁く。


「ナイン、待って。落ち着いて」


 その声に応じるように、ナインの息が整い、瞳の奥に理性が戻ってくる。


 少し離れた位置から、ミレーユが一歩前へ出た。

 その声は澄んでいて、冷たく鋭い。


「ユリウス殿下。辺境伯爵令嬢として申し上げます。

 シュトルムベルク家は、本件について何も聞いてはおりません。

 本来そのような打診は、内々に行うべきものでしょう。この卒業パーティーの席を利用なさるのは、不適切です」


 彼女の双眸――瑠璃と翡翠が、壇上の王子を射抜く。

 会場に、冷ややかな静寂が広がった。


 ユリウスはわずかにたじろいだが、王族の威厳を保つように唇を引き結び、言葉を飲み込んだ。


 張りつめた空気の中で、ルカが小さく息を吸う。瞳が揺れて何か言いかける。

 次の瞬間、瞳は恐怖に見開かれ、ルカは空気を探すように口を開け、苦しげに喉を鳴らしている。


「……ルカ?」


 ナインが顔を向けた瞬間、ルカの表情が真っ青に変わった。

 膝が崩れ、視界が揺れる。


「ルカッ!」


 抱きとめたナインの腕の中で、彼女の身体から力が抜けていく。

 エルヴィナとミレーユが駆け寄り、声をかけた。


「外に運ぶわ!」


 ナインは頷き、ルカを抱き上げる。

 礼も形式も関係なかった。


 三人は短く一礼し、ざわめく会場を背に講堂を後にした。

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