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六稜郭防衛戦7

 ソイツは、思考していた。

 触覚のように伸びた魔力の糸を通じ、数万の兵士級の位置・状態・生体反応が一斉に流れ込んでくる。

 その膨大な感覚情報を、ただ処理し、ただ計算していく。


 自軍――損耗率七十三パーセント。

 隊長級――損耗率六十六パーセント。指揮中継率八十二パーセント低下。

 兵士級――反応遅延三・二秒。隊列維持不能、統制精度低下。

 将軍級――残存二体、稼働中。


 指揮網の劣化。命令は遅れ、兵士級の反応は個体行動に近づいている。

 攻撃指揮の同期率は四割を割り込んだ。


 敵軍――損耗率推定二十八パーセント。

 課題敵特記戦力。

 特異点壱:龍脈接続個体。百二十四周期前に交戦記録あり。近接戦闘型。対応戦術構築済み。

 特異点弍:記録なし。魔法戦闘型と推測。情報不足のため演算予測因子に不適格。要情報収集。


 評価――隊長級の損耗は統制維持不可能なレベル。

 このまま戦闘を継続した場合、敗北確率七十八パーセント。

 現戦術の継続は不適格。


 選択――兵士級残存二・七万。

 自爆特攻、発動許可。

 自軍損耗率一〇〇%を前提とした飽和爆撃戦術に切り替える。

 敵拠点の破壊を最優先、特異点への接近・情報収集・破壊を同時に実行。


 そして、命令は発せられた。


 防衛戦五日目・未明。

 一番稜の防衛線は薄明の中で戦闘を続けていた。夜気はまだ重く、霧が濃く漂い、視界は濁っている。

 その最中、魔王軍の動きが唐突に変化した。


 最前列の兵士級が異様な咆哮を放つ。

 次の瞬間、殻が砕ける音とともに爆炎が走った。

 血と破片が飛び散り、耳を裂く衝撃波が全てを叩きつける。


「なっ、何だ今のは――!?」

「全員、伏せろ! 爆発するぞ!」


 防衛線の至る所で、同じ光景が連鎖する。

 残存していた二、三万の兵士級が、一斉に突撃しながら次々と自爆を開始した。


 地を割る轟音が続き、空は赤黒く染まる。

 岩と炎が噴き上がり、空へ巨大な柱を立てていく。

 土石と灼けた空気が混ざり合い、重く速い塊となった火柱が、唸り声のような音を立てて地を這い、爆発的な勢いで迫ってきた。


 空気は一瞬で熱を帯び、鼻腔を焼く焦げた匂いが立ちこめる。足元の大地が震え、身体に響く。

 逃げ場を探す間もなく、視界いっぱいに炎の奔流が広がり、世界がかき消されるかのようだった。


「自爆……っ!? こいつら、全軍で自爆してるぞ!」

「撤退しろ! 距離を取れ!」


 指揮官の声は連続する爆発音に掻き消され、隣の騎士の叫びすら届かない。


 爆風と黒煙が陣地を呑み込み、視界は白く塞がり、耳鳴りが鼓膜を打つ。

 倒れた兵士の盾ごと吹き飛ぶ音、焦げた血と肉の匂いが鼻を突く。


「逃げろ、急げっ!」

「魔導障壁展開しろ! 時間を稼ぐんだっ!」


 絶叫が錯綜し、破裂音と混じり合っていく。

 陣形は崩壊し、混乱は瞬く間に広がった。

 魔王軍は炎と衝撃の奔流となり、濁流のように全てを押し流す。



 * 



 六稜郭・指令室。

 戦況図に映る赤い輝点が連続して消え、青い輝点も同時に消えていく。青が描いていた線が崩れ始めた。

 通信から飛び込んでくる報告は、爆発音と悲鳴にかき消され、断片しか聞き取れない。

 連続する爆発が持続する振動となって、指揮所全体を震わせていた。


「自爆特攻……? そんな――」


 カーティスは息を詰め、目を見開く。

 魔王軍が全軍で自爆特攻へ転じ、前線は音を立てて崩壊していく。

 通信士が顔色を失いながら、途切れがちな報告を読み上げる。


「一番稜、防衛線維持不能! 二番稜壁面、大破! 三番稜の防衛線後退中!」

「敵、爆発しながら突っ込んできます!」


 カーティスは歯を食いしばり、即座に決断を下した。


「――一番、二番、三番稜は放棄! 全隊撤退を急がせろ!」

「予備隊は指令所前面に防衛線を再構築、敵をここで止める!」

「全隊、遠距離からの魔法戦闘に切り替え! 近接は避けろ!」


 矢継ぎ早に放たれた指示が、通信を通して前線へ飛んでいく。

 参謀たちは戦況図に食い入るように視線を注ぎ、対応策を必死に組み立てる。

 危機を告げる報告が止まらず、魔導通信が一時的にダウン。伝令が次々に指令所から駆け出していく。


 指令所は、前線に劣らぬ混乱の中にあった。

 爆発の振動が伝わり、壁に吊るされた器具が微かに鳴る。

 誰も余計な言葉を挟まず、全員がカーティスの指示だけを頼りに動き続けていた。


「――総帥を呼んでこい!」


 カーティスの声が指令室に響き渡る。


「魔王軍全軍、自爆特攻だ! 戦線崩壊と伝えろ!」


 伝令が駆け出す。


「勇者殿と零號に緊急出動命令を発せ! 急げ、時間がない!」


 爆発の振動が床を伝う中、戦況図は赤い輝点が迫る様子を映し続けていた。


 その時、扉が勢いよく開かれ、総帥ヴォルクリン・ヴァン・シュトルムベルクが駆け込んできた。

 外套の裾が翻り、鎧の留め金が打ち鳴らす音が室内に響く。


「……報告を!」


 寝起きの掠れた低い声に、カーティスが即座に一歩前へ出る。

 息継ぎも惜しむ調子で言葉を重ねた。


「魔王軍全軍、自爆特攻を開始! 一番・二番・三番稜は壊滅寸前。前線、統制失われつつあります。現在、予備隊を指令所前面に集結させ防衛線を再構築中。遠距離魔法戦闘への切り替えを実施しています!」


 一瞬の沈黙。ヴォルクリンは戦況図を一瞥し、拳を強く握った。


「――指揮を私が引き継ぐ」


 士官たちの視線が一斉に辺境伯へ向けられる。


「カーティス、予備隊の再配置指揮は任せる。六稜郭の中央を抜かれる訳にはいかん」

「はっ!」


 再び矢継ぎ早に命令が飛び、伝令が駆け出す。魔導通信が復帰し、指令室は次の行動に移っていった。


「……副指揮官、零號からコールです!」

「四番モニターに繋げ!」


 カーティスの声が鋭く響き、魔導スクリーンが淡く光る。

 一瞬砂嵐が走ったあと、ナインの顔が映し出された。

 目の下の隈は深く、頬は削げ落ち、やせた顔の中で瞳だけが異様な光を帯びている。

 マジックポーションの中毒から回復したばかりだった。


「状況を」


 ナイン(ゼロ)が同じ学舎で過ごした相手へ、軍人らしい言葉だけを投げる。


「魔王軍、全軍で自爆特攻だ」


 カーティスの声はかすれていた。


「遠距離からの広域魔法攻撃が有効だと思う。

 今、予備隊を投入して指令室前面に防衛線を構築している。第一騎士団が主軸だ。指揮はクラウド騎士団長に任せる。

 君はその指揮下に入れ……」


 ほんの一瞬だけ、カーティスの目に辺境伯爵令息ではない色が浮かんだ。

 同じ学び舎で肩を並べた記憶、妹ミレーユがこの男を見て笑っていた顔。

 妹の婚約者になるはずの相手に、いま自分は何を頼もうとしているのか。


「頼む。凌ぎ切れば、僕たちの勝ちだ。

 ……すまんが、君の命をくれ」


 スクリーンの向こうで、ナインはわずかに笑った。

 疲労でひび割れた笑みだったが、その瞳は優しく、透き通っていた。


「了解しました」


 その声に、カーティスは息を詰め、一瞬だけ目が潤む。


 モニターがブラックアウトする。

 勇者と奴隷は、再び戦場へ向かった。



 * 

 


 六番稜・救護所。

 薄いカーテンの向こうで、夜明け前の光が滲んでいた。

 血と薬草の匂いが漂う中、二人の足音が静かに響く。


 ナインは立ち上がると、少しよろめいた。

 魔力は回復しているが、歩くたびに体幹が揺れ、指先が少し震えている。

 ルカは隣に立ち、まだ剣を握る力が残っていることを確かめるように手を握り直した。

 彼女の顔にも疲労の影はあるが、その瞳はまだ光を失っていない。


「ゼロ、あなた……どうせ、またマジックポーションを使うつもりでしょう」


 クラリスが前に出て、二人の前に立ち塞がった。

 声は平静を装っていたが、その奥に少し諦めの響きが混じっている。


「一回だけ。一回だけなら、絶対に何とかする。だから、それ以上はもう飲まないで」


 ナイン(ゼロ)は一瞬目を伏せ、そして頷いた。

 頷くというより、ゆっくりと息を吐くようだった。

 ——次飲んだら、多分保たないな….そう感じる。

 その頬にはまだ色が戻らず、瞳だけが戦場を見据えるように光っている。


 ルカはその様子を横目に、剣の柄を握り直した。


「行こう、ナイン」


 短くそう言って、彼女は小さく微笑んだ。

 それは笑顔というより、泣くことを堪えているように見えた。


 クラリスは、二人の前に差し出した手を途中で引っ込めた。

 代わりに祈るように指先を胸に重ね、かすかな声を漏らす。


「……二人に神のご加護を。みんな待っているから、必ず帰ってきて」

「ルクス司祭様、一つお願いしてもいいですか?」


 ナインはクラリスの返事を待たず、そっと耳元へ顔を寄せ、短く何かを囁いた。

 その瞬間、クラリスの目が驚きに見開かれる。


「本気なの……!?」


 ナインは答えを返さず、ルカと並んで歩き出した。

 儚げに揺れる身体を包む外気は冷たく、東の空にわずかに光が滲んでいる。

 救護所の扉が閉まる音が、やけに遠くに響いた。


 クラリスはその音に顔を伏せ、唇を噛んだ。


「戻ってきなさいよ…」

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