六稜郭防衛戦5
ルカの大剣が弧を描き、兵士級を斬り伏せる。
その刹那、空いた死角を狙うかのように敵が群がる。
だがルカの背後から光槍が飛び、群れを薙ぎ払った。
振り返らなくてもわかる。
それはナインの援護だった。
次の瞬間、ルカは踏み込み、敵陣を切り裂く。
その動きに合わせ、ナインは新たな魔法陣を展開する。
剣と魔法、互いの間に言葉はなくとも、呼吸はぴったりだった。
嵐の渦のただ中に身を置くように、二人はわずかな一歩ごとに、火花を散らし紫電を放ち進んでいく。
ナインが鋭く一歩を踏み出せば、応えるようにルカは身を翻し、大剣を振るう。
剣の軌跡は残光で当たりを照らし、その中心に立つナインの影を一瞬、黒く際立たせる。
弧を描く軌跡に導かれるかのように、ナインはその影をルカの背に寄り添わせる。まるで二人の間に見えぬ糸が張られ、お互いが相手を操っているようだ。
互いの動きが絡み合い、途切れることなく連続する。
その連携の精度が高まったのには理由があった。
二人の左手薬指に、一条の光が走る。
互いに交わした婚約指輪。
共に在ると神に誓った証。
誓いは制約となり、同時に加護を与える。
強く想い、共に在りたいと願った瞬間――。
煌めいた指輪を介して、意識が触れ合った。
ほんの刹那。
ルカの胸にナインの声が響く。
ナインの脳裏にルカの気配が広がる。
――伝わった。
心が通じ合ったのだと、確かにわかった。
ルカの胸に、小さな喜びが灯る。
戦場であるにもかかわらず、ほんの一瞬だけ頬が緩みそうになる。
――ナインが居る。二人なら、もう怖くない。
ナインの心の奥では、強い決意が渦巻いていた。
――ルカが居る。俺が、支える。
二人の戦闘は、剣戟と魔撃の主導権が絶え間なく移ろい続ける舞踏のようだった。
剣と魔法の連打が重なり合い、戦場は一つの舞台へと変わっていく。
魔王の眷属たちは次々と切り捨てられ、光に砕かれていった。
戦場の端で、焦げた土を踏みしめながらガルドは息を整えた。
その隣には、いつの間にかエドマンド・ベルクロアが立っていた。
冒険者パーティ《夜明けの鐘》のリーダーにして、自身も金級冒険者として名を馳せた男である。
「……お前も見ていたか、エドマンド」
ガルドが低く問う。
エドマンドは答えず、戦場へ視線を固定したまま口を開いた。
「ルクレツィア嬢とゼロだな。しかし、あれは……なんだ?」
ルカの大剣が閃き、敵の波が崩れる。
その隙間を縫うように、ナインの魔法陣が無数の光槍を放つ。
剣戟と魔撃が交互に弾け、音と熱が幾層にも重なって押し寄せてくる。
視界の先に広がるのは、ただの戦闘ではなかった。
緻密で、無駄がなく、ひとつひとつの動きが連続し、形を結んでいく。
ガルドもエドマンドも、知らず息を呑んだ。
――舞踏のようだ、とふと思う。
鮮烈な閃光が照明のように二人を照らし、血と煙の臭いが霞むほど、剣と魔法の軌跡は整然と美しい。
異形の群れの中で織りなされる、命懸けの舞踏。
「あれは、俺が知っているあの子たちか?」
エドマンドの声はかすれていた。
彼は彼女たちが冒険者をしていた頃を知っている。
危険を承知で依頼をこなす、まだ未熟な少女と、無口な従者。
その姿が今、目の前の光景と重ならなかった。
ガルドは額の汗を拭い、眉をひそめる。
「あの子は……勇者だ。だが、あれほどとは思わなかった。そして、あの奴隷……あいつはなんなんだ。あんな魔法戦闘が在り得るのか……」
エドマンドは唇を結んだ。
「俺が知ってるあの子たちは……ここまでではなかったな」
その呟きに、ガルドは黙って頷く。
二人の視線の先で、ルカとナインは息を合わせ、兵士級の群れを粉砕していく。
その光景は、もはや人の域を越えた戦闘だった。
*
六稜郭・指令室。
防衛戦が始まって三日目の払暁、辺境伯ヴォルクリン・ヴァン・シュトルムベルクが、辺境伯領軍全軍を率いて入室した。
壁一面に据えられた戦況図は魔導光に照らされ、赤と青の駒が幾筋もの線で結ばれている。
卓上には、つい先ほどまで交わされていた戦況報告や指示の符札が散らばり、最前線の緊迫感を伝えていた。
報告役のシリルが、魔導通信具を脇に置いて一歩進み出る。
いつもの皮肉めいた笑みは消え、声は抑制のきいた低音に落ちていた。目の下の隈が濃い。
「六稜郭防衛隊臨時指揮官、第三騎士団副長シリル・フェンロック、六稜郭防衛戦の現時刻までの戦況をご報告いたします」
辺境伯の強い眼差しが、黙したままシリルに注がれる。
その視線を正面から受け止め、シリルは短く息を整えた。
「二日前、一時的に一番稜を失陥しましたが、同日より勇者ルクレツィア・ヴァン・クラウド様および改造人間零號が参戦。
交戦の末、一番稜を奪還。以後、最前線にて交戦を継続し、一番稜防衛線を維持しております。
大規模な攻勢は六回ありました。
兵士級による四回の飽和突撃は、零號が展開した広域殲滅魔法により逐次撃破、突破を許さず。
将軍級二体による強襲は、勇者様と零號の連携により二体とも撃破、追随していた敵戦力を壊滅させています。
さらに、将軍級一体および特殊個体群による上空からの急襲は、零號と金級冒険者パーティが共同で迎撃。冒険者パーティに数名軽傷者が出ましたが、将軍級一体と特殊個体のほとんどを撃破しています」
淡々とした声が響くたび、指令室の士官たちの顔がわずかに動く。
報告の一つひとつを地図上の駒に重ね、戦況の変化を理解しようとしていた。
「現在、一番稜は奪還・確保済み。第一騎士団の援護の下、一番稜先端を基点に防衛戦を再構築し、戦闘を継続しています」
シリルは息をひとつ置き、続ける。
「勇者様方の活躍により、兵士級約三万は撃破と推測されます。
しかし敵魔王軍は、まだ過半数以上の戦力を維持しています。今のところ戦況は拮抗状態ながら、勇者ルクレツィア様および零號は、二日間にわたり最前線で戦闘を継続しており、その魔力および体力の消耗は極めて大きいものと推察されます。
特に零號はマジックポーションを複数回使用しています。現時点でなお戦闘を継続しておりますが、これ以上長時間の戦闘は危険と判断されます」
淡々とした調子の奥に、かすかな焦燥感がにじむ。
士官たちの視線が一斉に地図の端、最前線に置かれた二つの駒に集まった。
「勇者様もまた、龍脈との接続を限界まで引き延ばしている模様です。戦闘継続能力はありますが、補給・休息が急務です。
辺境伯軍主力が到着した今、即座に交代体制を整えることを具申いたします」
シリルは言葉を締め、深く頭を下げた。
その姿勢のまま、短い息だけが流れる。
辺境伯はしばし沈黙したまま戦況図を見つめた。
魔導光が横顔を照らし、硬く結ばれた唇がわずかに動く。
長年の戦場経験を持つ彼でさえ、報告の内容に簡単には言葉を返せなかった。
周囲の士官たちも息を潜め、次の言葉を待つ。
やがて辺境伯は、ゆっくりと息を吐き、短く告げた。
「……勇者殿と零號に最大の敬意を。
主力は直ちに一番稜に展開せよ。防衛線を強化し、敵勢力との戦闘引き継ぎを急ぐ」
その声が響いた瞬間、指令室にいた全員が動きを取り戻す。
走り去る伝令、地図に新たな駒を置く参謀、魔導通信具を調整する従兵。張りつめていた沈黙が破れ、次の戦いが動き出した。
慌ただしさと緊張の入り混じった空間の中、シリルはわずかに目を閉じ、胸の奥で誰にも聞こえぬ言葉を呟いた。
「……二人とも、もうちょい踏ん張ってや。これ以上、仕事増えんのは勘弁や」




