六稜郭防衛戦3
金色の閃光が、赤と墨色に染まる戦場を切り裂く。
ルカの大剣が振り下ろされるたび、魔王軍の前列がまとめて吹き飛んだ。
「勇者様に続けぇぇッ!」
ガルドの咆哮が響き、第三騎士団が雪崩れ込む。
ルカを先頭にした、鋒矢陣形だ。
剣がぶつかる金属音。槍が折れる乾いた音。
だが、前を走るルカの周囲だけは異質だった。
斬撃が地を割り、魔力の奔流が兵士級を弾き飛ばす。まるで通り道そのものを切り拓いていくかのように。
「風車――!」
打ち込みながら体を転じ、連続して斬撃叩き込むジ=ゲン流の技だ。
勇者であるルカが大剣が横薙ぎに振るうと、十数メートル先まで魔王兵が薙ぎ払われる。兵士級の砕けた甲殻や四肢が一斉に宙を舞い、爆ぜる轟音に騎士達はたちは怯む間もなかった。
「おらぁ! 道開いたぞ!」
ガルドが吠え、団員たちが雄叫びで応える。
誰もが勇者の背を追い、血の泥を蹴散らして突進した。
刃と魔力が交錯する戦場を、第三騎士団は破城槌のように突き進んでいく。
「もう一息だぁ!一番稜を奪い返せぇぇッ!」
勇者を先頭に――騎士団の叫びが戦場を覆い尽くした。
その瞬間、頭上から風を裂き、何か落ちてきた。
見上げる余裕すらなく、巨大な影が戦場の炎を遮り、次の刹那には地響きとともに地面を打ち砕いた。
現れたそれは、細長い体を折り畳むように構え、動かずに留まっていた。
城門を覆うほどの巨躯。体高は四メートル、体長は十メートルを超える。
ルカはその異形を下から見上げる。
脚は六本、だが前肢以外は支えにすぎない。
痩せた体を支える後脚は意外なほど太く、跳びかかる瞬間の爆発的な力を秘めているのがわかる。
胴は棒のように痩せ細っているのに、節ごとに不気味な柔軟さを備えていて、まるで何かの骨組みがそのまま露出しているように見える。
その胴体の前半から伸びる二本の肢――。
それは歩くための脚ではなかった。
鋭い鎌のように湾曲し、内側には細かな棘が並んでいる。今は胸の前で折り畳まれているが、「掴む」と同時に「突き刺す」ための凶器だった。
頭は異様に小さく、三角形を逆さにした形をしている。
口元には小さな顎があり、何かを齧るとき、上下の顎片が鋭くかみ合い、硬いものを削り取るような音を立てる。
その動きは獣の咀嚼ではなく、機械的に獲物を粉砕する仕組みのように見えた。
その両端にある眼は、玉のように膨らんでおり、一つひとつの表面が無数の小さな面で構成されているせいで、光を受けると宝石のようにぎらつき、しかしどこを見ているのか全く分からない。
その目からは何の感情も読み取れない。
しかし、それに顔を向けられた瞬間、ルカの背筋は凍りついた。
理解よりも早く、肺は呼吸を忘れ、心臓は早鐘のように暴れ出す。鼓動の轟きが耳を塞いだ。
「将軍級…」
しかし、呟いた声は震えていない。むしろ平坦だった。
次の瞬間、瞳から熱が抜け落ち、研ぎ澄まされた刃のような静けさが宿る。
全身の魔力が沸騰し、身体強化を第五段階まで一気に跳ね上げる。誓約の儀による神の加護が、今まで出来なかった身体強化を可能としていた。
地を蹴る。
足元の大地が砕け、破片が跳ねる。
その動きには躊躇が一切ない。
狙いはただ一点、最も細い胴。
余分な思考は削ぎ落とされ、肉体に刻まれた動作が無意識に発動する。
大剣を振り下ろす。
その一撃に怒号も咆哮もない。
ジ=ゲン流最強の一の太刀が放たれた。
大剣が振り下ろされる瞬間、将軍級の二本の鎌肢が交差した。
勇者の大剣と魔王軍上位個体の刃がぶつかり、火花が散る。
轟音と共に衝撃波が広がり、次の瞬間、右の鎌が根元から断ち切られて宙を舞った。
「ッ!」
将軍級の絶叫が響き渡る。
だが残された一本が軌道を逸らし、巨体は両断を免れる。
衝撃波に押され、全長十メートルを超える巨体が数歩よろめいた。
すぐさま土煙を巻き上げて後方へ跳躍し、距離を取る。
ルカは追撃に移る。
血を滴らせる大剣を振りかぶり、将軍級へ走り込む。
飛び退いた将軍級は、断たれた鎌を庇うように身を低く構えた。
その瞬間、周囲の兵士級が群れとなって雪崩れ込み、将軍級とルカの間に割って入る。
数体が一直線に突進し、ルカの目前で爆ぜた。
轟音、閃光、飛び散る甲殻。
耳を打つ破裂音と肌を焼く熱風が重なり、ルカの突進を止める。
「……っ」
体勢を立て直し、大剣で爆炎を払う。
だが間を置かず、次の兵士級が突撃し、同じように自爆した。
爆発が連なり、ひとつの長い衝撃となって押し寄せる。
熱波がルカを押し返し、煙が視界を覆った。
足が一瞬止まる。
将軍級の複眼がぎらつき、その様子を観察していた。
まるで勇者の力を測るかのように。
爆炎と煙の中、肉片が散る。
その合間に耳障りな擦過音と刺激臭が混じった。
将軍級が顎を細かく開閉し音を鳴らし、刺激臭のする液体を分泌している。
よく見ると、その音と匂いに合わせて兵士級が自爆特攻していた。
*
魔王軍は軍勢ではなく、一つの生物のように機能している。
兵士級は細胞に等しい。ひとつひとつは自律的に見えても、その実態は上位個体の制御下に組み込まれた機能単位に過ぎない。
指令は神経伝達のように瞬時に行き渡り、数百体が同時に突撃し、同時に自爆する。
そこに、個体の意思は無い。
上位個体は核であり、中枢の臓器にあたる。
擦過音や匂いは命令信号であり、兵士級はその刺激に対して一斉に反応する。
免疫系細胞が異物を排除するように、兵士級は敵対者を感知すれば自分を省みず、直ちに攻撃行動をとる。
群体全体としての挙動は、ひとつの生物の恒常性維持に近い。
個々の死は細胞の死滅と同じであり、損失には数値的な意味しかない。
全体が機能を保つ限り、無数の細胞が犠牲になっても問題は無い。
ゆえに魔王軍と対峙することは、軍勢を相手取るのではない。
異形の巨大生命体の内部に踏み込むことと同義だった。
*
将軍級が風を裂き、巨体を跳ね上げた。
その顎が大きく開き、粘つく光が奥で脈打つ。
「……っ!」
次の瞬間、灼ける臭気を帯びた緑色の奔流が吐き出された。
地を溶かす酸のブレスが、兵士級の爆炎に紛れて一直線に走る。
「チィ――!」
ルカは反射的に大地を蹴る。
砕けた地面を滑るように後退し、直撃を寸前でかわした。
直後、彼女が立っていた場所が溶け崩れ、白い蒸気が立ちのぼる。
肌を刺し、目を焼く刺激臭。咳き込みそうになるのを、懸命に堪える。
将軍級の複眼がぎらつき、獲物を追うように迫ってくる。
勇者が退いた――その一瞬を、魔王軍全体が見逃すことはなかった。
爆炎の煙を突き破り、ルカの大剣が振り抜かれる。
兵士級がまとめて砕け散り、殻片が空へ舞う。
その隙を狙い、将軍級が鎌脚を振り下ろした。
火花が散り、ルカが弾き返す。
即座に身を逸らし、大剣を叩き込む。
だが兵士級が群れとなり、体を張って突っ込んできた。
爆裂。破片が雨のように降り注ぎ、視界を覆う。
将軍級の顎が再び開く。
緑の奔流――酸のブレスが火煙を切り裂き、一直線に襲いかかる。
ルカは跳躍してかわす。
だが着地の瞬間、兵士級が爆ぜ、炎と酸の混じった空気が肺を焼いた。
剣を振るえば前が拓ける。
だが次の自爆とブレスが道を塞ぐ。
足は止まらない。けれど進めない。
溶け落ちる大地。
酸の飛沫が鎧を焦がす。
将軍級の複眼が光を増し、さらに間合いを詰めてくる。
勇者は龍脈から供給される膨大な魔力を纏うことで、魔法攻撃に対して圧倒的な耐性を持つ。
また、その魔力による身体強化により、物理攻撃にも常人とは比較にならない耐久を示す。
しかし、魔法を介さない状態異常――酸による攻撃は有効だった。
強酸の液体が付着すれば皮膚が爛れ、酸性のガスを吸えば呼吸に障害が生じる。
将軍級の攻撃は確実にルカへダメージを刻み、魔王軍の連携は彼女を追い詰めていた。




