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領都ミッドガルズの一番長い日1

 観測指揮班アルファの詰所に、緊急通信が連続して飛び込んだ。

 先ほどのチャーリー分隊に続き、ブラボー分隊、デルタ分隊からもほぼ同時に襲来報告。


「観測分隊ブラボー、デルタからも緊急報告! いずれも推定大規模襲来!」


 室内に流れていた朝食後の静かな時間は一瞬で消え、詰所は鉄火場と化した。 

 兵たちの視線が隊長に集中する。


「第一中継点に連絡。ゼロキューゼロナナ(九時七分)魔王軍推定大規模襲来報告、多数ありと伝えろ!」

「了解!」


「監視ドローンを全て射出、画像取得を試みる!」

「ドローン射出準備!」


「ドローン射出後、指揮所をドローン通信圏ギリギリまで後退させる。全員退避準備だ!」

「はっ!」


 次々に飛ぶ指示が、部下たちによって行動に移されていく。

 通信員が素早く符号を打ち込み、中継点へ報告を送信。別班がドローンの起動魔方陣に魔力を流し込み、機械音と共に射出準備が進む。


 金属の擦れる音、魔力の唸り、符号通信の急を告げる連打。

 詰所全体が慌ただしく動き、誰一人として立ち止まる者はいなかった。


 隊長は短く確認を繰り返しながら、全ての進捗を睨みつける。緊急態勢が、秒単位で整えられていった。





 辺境伯爵の居城──中央塔の指令室。

 厚い扉が勢いよく開き、ヴォルクリンとルドルフ達が急ぎ足で入室した。


 室内には大型ディスプレイがずらりと並び、魔王軍の進軍状況を示す地図や、観測分隊から送られた実際の映像がひっきりなしに切り替わっている。

 砂煙を巻き上げて進む眷属の群れが複数方向から迫る映像に、張り詰めた空気が漂う。


 すでに第一騎士団団長エグバード、第二、第四騎士団団長の姿もあった。

 彼らは地図を前に無言で腕を組み、眉間に皺を刻んでいる。


 ヴォルクリンとルドルフは指令卓の椅子に腰を下ろすと、報告をまとめている軍師に目を向けた。

 軍師は休む間もなく符号の紙片やドローン画像を並べ、進軍経路を照合している。


 ヴォルクリンが短く声を放った。


「状況を教えてくれ」


 軍師は顔を上げ、すぐに報告を始めた。

 指令室に低く落ち着いた声が響く。

 老軍師が資料を手に取り、姿勢を正してヴォルクリンに向き直る。


「辺境伯閣下、状況を報告いたします。」


 一拍置き、抑揚の無い声が続いた。


「魔王軍、大規模襲来です。現在までに確認できた兵士級は約十万。さらに将軍級が複数、特殊個体は数百体を確認済みです。」


 地図の赤い光点を指先で示しながら、言葉を区切る。


「軍団長級および魔王の勇者の姿は未確認。侵攻速度は時速三十キロと推定されます。」


 ヴォルクリンとルドルフの視線が鋭くなる。

 軍師は表情を変えず、さらに告げた。


「規模が規模ゆえ、第三防衛線は放棄しました。防衛戦力はすべて第二防衛線まで後退させています。」


 報告は簡潔だったが、その内容は絶望的だった。

 指令室の空気が凍りつき、誰も余計な言葉を挟まない。


 ヴォルクリンは数瞬だけ目を閉じ、即座に命を下した。


「軍師殿、防衛中の第三騎士団に伝達。全軍を第一防衛線――六稜郭まで後退させる。主戦場は六稜郭だ。迎撃・防衛作戦を立案せよ。」

「はい」


「第一騎士団、第二騎士団、第四騎士団、親衛隊――全力出動を命ずる。団長は即時準備と編成を開始せよ!」

「はっ!」と各騎士団長が敬礼と共に声を揃える。


 ヴォルクリンは視線を巡らせ、さらに指示を飛ばす。


「ミレーユ。教会および冒険者ギルドへ辺境伯爵の名で応援を要請せよ。冒険者ギルドには特別依頼として、報酬に糸目をつけるな。教会には、日頃の寄進の礼を寄越せと伝えろ。」

「はいっ!直ちに。」


「ルドルフ。後方の家臣団へ通達。各家騎士団を動員し、ミッドガルズに参集させよ。お前は守備隊とともに家臣団を率い、後詰めに回れ。辺境伯爵の跡取りとして、見事に取りまとめてみせよ。」

「承知しました。」


「行政官。領都に非常戒厳令を発布、同時に総動員令を出せ。日頃便宜を図ってきた商人たちにも協力させる。ルドルフの指揮下で戦時徴発を行い、後詰めを整えろ。」

「畏まりました。」


「軍総指揮は私、副指揮はカーティスだ。」

「はっ、父上。」


 ヴォルクリンはルカとエグバードに向き直る。


「勇者殿、初陣で済まぬが最前線に立ってもらう。エグバード、勇者殿をお前の騎士団に預ける。先鋒を任せる。準備が整い次第、直ちに出立せよ。」

「御意!」


 号令が矢継ぎ早に飛び、返答が鋭く響く。

 全員が動き出し戦時体制が一気に固まっていく。


「我々の総兵力は六千。一人十七体倒せばよい計算だな……久しぶりに腕が鳴る。」


 ヴォルクリンが獰猛な笑みを浮かべ、笑い声を上げる。

 指令室の面々も釣られるように口元を引き締めた。

 通常、魔王の眷属の兵士級一体を倒すには、騎士四人が必要とされる。

 だが、この場に恐怖を示す者はいなかった。


 領都ミッドガルズの長い一日が始まろうとしていた。


 春の午後――やわらかな陽光を裂くように、領都ミッドガルズ全域に警報が鳴り響いた。

 重なるように、街路の魔道モニターが次々と点灯し、辺境伯ヴォルクリンの姿が映し出される。


 ざわめきが広場を覆う。

 子どもを抱えた母親、商人、鍛冶屋、兵士見習い――誰もが足を止め、画面を見上げた。


 ヴォルクリンの声が、街の隅々にまで響き渡る。


「ミッドガルズの民よ! 我らは試されている!

 魔王軍は押し寄せ、祖国を焼き払おうとしている!

 大襲来だ!

 だが――我々は決して退かぬ!

 我らの意志は鋼よりも強く、我らの誇りは決して砕けぬ!」


 ヴォルクリンは視線を鋭く走らせ、言葉を畳みかけた。


「騎士たちよ! 剣を取る勇士たちよ!

 君たちの勇気が、この地を護る!

 君たちの血が、我らの未来を切り開く!」


 声がさらに熱を帯びる。


「恐れるな! 我らは逃げぬ。主戦場は六稜郭だ。

 私が総指揮を執る。

 そして、領都ミッドガルズは一つの砦だ!

 この戦は皆の戦いだ――誰一人として部外者ではない!

 騎士団も、家臣団も、冒険者も、領民も――全ての力を結集する。

 総力戦だ!」


 映像の中で、ヴォルクリンの瞳が鋭く光る。


「奴らは知らぬ!

 ミッドガルズの力を! 我らの決意を!

 そして――必ず勝つという信念を!

 今こそ立て、ミッドガルズの民よ!

 お前たちの手で、この街を、この大地を、守り抜け!

 我らは進む!

 我らは闘う!

 そして――必ず勝つ!」


 最後の一声が轟き、魔道モニターが一瞬暗転。

 次の瞬間、次々と再点灯し、映像が切り替わる――テンポは速い。


――黒い軍勢が地平を埋め尽くす。

――赤い光点が無数に蠢く侵攻地図。光点が刻々と領都へ迫る。

――六稜郭の防壁上で弩砲が展開され、照準が合わされる。

――門前で騎士団が号令を受け、馬が嘶き、武器が鳴る。

――親衛隊が甲冑の留め具を締め、背に紋章旗を背負う。


 続いて、領都の状況が映し出される。


――中央通りを進む騎士団の列。

――市民が荷車を押して物資を運び、倉庫の扉が開く。「緊急物資集積所開放」の文字。

――薬師が薬箱を抱えて南区広場に走る。「治療班急募」の文字。

――避難誘導の旗が振られ、子どもを抱いた母親が人波に紛れて移動する。「避難壕案内」の文字。


 次の瞬間、街のあちこちから雄叫びが上がった。

 人々が叫び、走り出す。

 店の扉が閉まり、荷車が積まれ、物資の列が整えられていく。

 衛兵が持ち場に駆け、冒険者が武具を手にギルドへ殺到する。


 春の穏やかな陽射しの下、領都は一瞬にして戦時都市へと変貌した。





 魔道学園の校庭に、授業の終わりではない、重く乾いた非常召集の音が鳴り響いた。

 全学生がアナウンスに導かれ、広場へと集められる。


 壇上に立つ白髭の校長が、深い皺の刻まれた顔を上げた。

 拡声魔道具を通した声が、張り詰めた空気の中を低く響く。


「学徒諸君――今、我らの領都は試されている。

 魔王軍の大規模襲来が始まった。

 我々が教え、諸君が学んだ知識や技術は、ただの学問ではない。民を護り、仲間を護り、故郷を護るための力だ。」


 一呼吸置き、老校長の声が少し柔らかくなる。


「本来ならば、もっと多くのことを教えたかった。

 道半ばにして戦場に送り出すことになってしまった……残念でならない。だが、我々は君たちを誇りに思う。」


 広場のあちこちで、小さな息を飲む音が響く。

 生徒たちの視線が、壇上に釘付けになった。


 校長は再び声を張る。


「恐れるな! 一人ひとりの力が、この地を護る盾となる。諸君こそ、この領都の未来だ!

 この戦いの後、再びこの学び舎で会おう――約束だ!」


 訓示が終わるや否や、甲冑の足音とともに防衛騎士団の士官が壇上に上がる。


「一年生は後方支援へ! 南広場に集合!」

「二年生以上は戦闘適性別に集合!騎士課程は西門前広場、魔道士課程は東門へ!」


 鋭い号令に、制服姿の学徒たちは即座に動く。

 支給された簡易装備を肩に掛け、胸の学園紋章が誇らしくも重い。

 校庭の一角では通信魔道具が設置され、緊急通信網に組み込まれる。


――編成は迅速に進んだ。


 校長は拳を握り締め、わずかに震えていちた。拡声魔道具を通さぬよう、祈りを零すように呟く。


「神よ……この子たちを……どうか……守り給え……」


 下士官が鋭い笛の音を鳴らし、学徒動員が正式に始まった。

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