魔力測定
村にひとつだけある教会は、石と木材で組まれた、控えめな造りをしていた。
朝の光が、色褪せたステンドグラスを透かして礼拝堂へと差し込み、奥に据えられた水晶球を、そっと照らしている。
静寂の中、子どもたちの小さな足音だけが、石畳を控えめに叩いていた。
今年五歳になる子どもたちが、順に列を成して並んでいる。一人ずつ、魔力測定を受けるのだ。
測定の儀式は年に一度。魔力が使えるか、どれほどか。それは将来の進路をも占う、村にとって大切な通過儀礼だった。
礼拝堂の中央には、磨かれた台座に据えられた水晶球が、ただ静かに鎮座している。
周囲には、筆記具を構えた神父と、腰に剣を帯びた数人の騎士。
だが、その中に――あの異彩を放つ魔術師、ゼルダの姿はなかった。
ナインとルカは、列の最後尾に立っていた。
少しだけ身をかがめ、隣のルカを見る。彼女は緊張と興奮で頬を赤く染め、なにかを言いたげに唇をもぞもぞと動かしている。
「ねぇ、ナイン。どのくらい光るかな?」
「さあ?」
短く返すと、ルカは不満そうに眉尻を下げた。けれどそれは、すねたというよりも、どこか甘えるような仕草に近い。ナインにだけ見せる、彼女の素顔だった。
一人、また一人と、子どもたちは水晶に手をかざしていく。
水晶は淡い光を灯し、神父が小声で魔力値を読み上げ、それを羊皮紙に書き留めていった。
そして――ナインの番が来る。
「どうぞ。右手を水晶に」
神父の声に応え、ナインは無言で一歩踏み出した。水晶に右手をそっとかざすと、静かに、白い光が広がっていく。
「……五歳基準の一・三倍。なかなか優秀ですね」
神父が穏やかに告げる。
ナインは表情を変えることなく、そのまま静かに列の端へと戻った。
「すごいね、ナイン!」
ルカが目を輝かせて声をかける。
だがナインは応えず、ただ彼女の肩にそっと手を置いた。
――次は、彼女の番だった。
「ルカ・フェリシア、前へ」
神父の呼びかけに、ルカは一歩進み、水晶に右手をそっとかざす。
――その瞬間だった。
光が、爆ぜた。
水晶がまばゆく輝き始め、礼拝堂はまるで太陽に照らされたような白に満たされる。
空気が震え、騎士の一人が思わず後ずさった。
「ゼルダ師を呼んで来い!」
隊長らしき騎士が血相を変えて部下に命じていた。
次の瞬間、ルカの身体からも魔力があふれ、彼女の全身を包み込むように発光し始めた。
その魔力は、止まることなく溢れ続ける。
「っ、く……ああ……!」
苦しげな声。肩が跳ね、膝が崩れる。全身が震え、焦点の定まらぬ瞳。睫毛の間から、透明な涙が一筋、頬を伝った。
「いや……なにこれ……こわい……! ナイン……っ」
掠れた声が、助けを求める。
「ナイン……っ、た、たすけて……たすけてぇ……!」
嗚咽混じりの呼びかけに、ナインは迷わなかった。
ルカが泣いている。ルカが呼んでいる。
「ルカっ!」
ナインは一気に駆け寄り、彼女の手を取った。
その瞬間、暴力的な魔力が、物理的な衝撃を伴ってナインの体内に流れ込む。
「……っ、く……そ……!」
彼は咄嗟に左手を教会の床へ向け、魔力を外へと放出した。
詠唱も、魔法陣も必要ない。ただ、流れを作る。それだけでいい。
右手から、ルカの魔力が入る。
左手から、自らの魔力とともに、それを放つ。
だが――強すぎた。
右手の皮膚が焼け、筋肉が軋む。
鼻から血が垂れ、視界が霞む。
「お前の、魔力は……どんだけだよ……っ!」
それでも、ナインは手を離さなかった。
死んでもいい。けれど、手だけは、絶対に離さない。
そんな祈るような想いをよそに、ナインの身体は限界へと近づいていた。
そのとき――
「離れなさい、坊や」
冷たくも艶やかな声が、礼拝堂に響いた。
空気が、がらりと変わる。
圧力のように満ちていた魔力が、跡形もなく消えた。
ルカの身体からも光がすうっと引いていき、彼女はその場にぐったりと倒れ込む。
ナインはルカの姿を見て、ようやく息を吐いた。
そして、ゆっくりと膝をつき――そのまま、静かに意識を手放した。
最後に、薄れゆく視界の中で見えたのは、血のように赤い髪の女――ゼルダが、面白げにこちらを見下ろしている姿だった。




