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アナログ探偵・紙魚川  作者: 全てChatGPTというAIが書きました。
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第二章 濡れた切符

 翌日、捜査会議室の空気は重苦しかった。

 机の上に並んだファイルの山と、壁際のスクリーンに流れる監視映像。その中心で、検査課から戻った封筒が一つ、刑事たちの視線を集めていた。


 佐久間が渋々読み上げる。

「……切符に付着していたのは、間違いなく被害者・岡島の血液だ。DNA型一致」


 ざわめきが走った。だが誰も素直に驚きの声をあげない。むしろ困惑が広がった。

 AIが導き出した「三宅翔=犯人」という答えと、切符の存在が食い違うからだ。


「事件の三十分後に発券……?」

 若い刑事のひとりが声を上げる。

「じゃあ三宅は、被害者を刺したあと電車に乗ったってことか?」


「いや、それは映像にない」

「じゃあ誰が使ったんだ……」


 議論が飛び交い、収束しない。

 その中で、紙魚川だけが黙って煙草の箱を指で叩いていた。吸うことは許されないが、手持ち無沙汰に箱を回し続ける。


 佐久間が苛立ったように言った。

「紙魚川さん。これをどう説明するつもりだ? 三宅が犯人じゃないとでも?」


「違うな」

 紙魚川は低く返した。

「三宅を“犯人に仕立てようとした奴”がいるってことだ」


 会議室にざわめきが広がった。

 安田が口を開いた。

「……でも、カメラには三宅本人が映ってますよ。歩行解析の一致率は九十八パーセントでした」


「率なんざ関係ねえ。人間の歩き方は日によって違う。雨の日は足を引きずるし、靴が合わなきゃ癖も出る。機械は揺らぎを嫌うが、人間は揺らぎの中で生きてるんだ」


 佐久間は鼻を鳴らした。

「屁理屈だ。……いいか、容疑者を呼べ。事情を聞けば済む話だ」



三宅翔との対面


 取調室に現れた三宅翔は、思ったよりも小柄で、痩せていた。

 髪はぼさぼさで、スーツもよれよれ。目の下には深い隈がある。

 机に座るときも落ち着かず、視線は何度も宙を泳いだ。


 安田が正面に座り、冷静に告げる。

「昨夜、岡島さんの後をつけていましたね」


「……つけてなんか、いません」

 三宅はか細い声で言った。

「確かに金のことで揉めてました。でも、殺すなんて……」


 紙魚川は横から口を挟んだ。

「バッグを持って歩く姿が映ってたぞ。どう説明する」


 三宅は狼狽し、首を振った。

「バッグ? そんなの知りません。俺は財布すら持ってなかったんです」


 言葉が詰まり、手が震える。

 安田は「やっぱり怪しい」と目を細めたが、紙魚川は違う角度で彼を見ていた。

 人間は嘘をつくとき、言葉を飾る。しかし三宅の言葉には飾りがなかった。ただ必死に否定するしかなかった。


 紙魚川は心の中でつぶやいた。

(こいつは……役者には向いてないな)



被害者と青年


 事情聴取を進めるうちに、岡島と三宅の関係が明らかになった。

 三宅は岡島の仲介でアパートを借りていたが、保証金をめぐって争っていた。

 岡島は返金を渋り、三宅は生活に困窮していた。


「確かに、恨んでました。でも……殺すなんて考えたこともないんです」

 三宅の目が潤んでいた。


 安田は冷たく言った。

「動機は十分だ」


 紙魚川は手帳に鉛筆を走らせながら、ぼそりと呟いた。

「……動機がある奴は山ほどいるさ。岡島の相手は、なにも三宅だけじゃねえ」


 安田が眉をひそめる。

「何が言いたいんです」


「まだ早い」

 紙魚川は立ち上がり、椅子を押しやった。

「この街を歩いてくる」


 安田は舌打ちしながらも、結局その後を追った。


 昼の光は薄く、雲の縁に湿り気を残している。新宿の表通りは眩しすぎるほど華やかなのに、一本裏へ入ると、時間の抜け殻のような静けさが戻ってくる。紙魚川は歩幅を変えない。安田は半歩遅れてついてきた。


 最初の聞き込みは、角のコンビニだった。深夜のシフトに入っていた若い店員が、カウンター越しに記憶を探るように眉を寄せる。

「タオル、まとめ買いした人がいました。夜の十一時すぎ。泥が……膝まで跳ねてた。片足だけ、ひどく」

「顔は」

「フードかぶってて、はっきりは。背丈は普通。声は低かったかも」

 店員はレシートを遡り、ロール紙をめくる。安田がタブレットに目を落とす。紙魚川は指先で、レシートの紙肌を確かめる癖のまま、わずかに頷いた。

「片足だけ、か……」


 二軒先の小さなクリーニング店では、老女が首をかしげながらも、「夜遅くに泥のついたスニーカーを預けに来た若い女」を覚えていた。

「女?」と安田。

「女さ。紐の結び目が固くてね、ほどいてくれって。香りの強い匂いがしたよ、花の──いや、もうちょっと辛い匂い……」

 老女は指先を鼻に近づけ、思い出の中の匂いを呼び戻そうとする。

「ボトルの形まで覚えちゃいないよ。でも、ああいうのは自分じゃ気づかないうちに周りに残るのさ」


 さらに路地を折れる。金物屋のシャッター脇、雨どいの下に残った細い水の線を見て、紙魚川はしゃがみ込む。片側だけ深い靴跡。ヒールではない。ゴム底の平らな踏面が、泥の縁を曖昧に崩している。

「追い込みで足をひねったあと、片足を庇ってる……」

 自分に聞かせるような声で言って、紙魚川は鉛筆を走らせた。


 安田が不満を隠さずに言った。

「紙魚川さん。女だの、香水だの、片足だの──AIにかければ信頼度は低い。意味のないノイズですよ」

「機械は匂いを記録しない。だが、人間は匂いで嘘をつくことがある」

 紙魚川は視線を上げない。

「この街は、音と匂いで満ちてる。どれも映らない。だからこそ、そこに“余白”が残る」


 午後、二人は被害者・岡島の事務所に向かった。整頓されたデスク。最新式のモニターと、むやみに白いプリンター。壁には、不自然なまでにきちんとした不動産契約のコピーが並んでいる。均質なフォント、均質な余白。

 紙魚川は、その均一さを嫌うように、一枚一枚、逆さにして眺めた。

「どれも“きれいすぎる”」

 机の引き出しの奥、古い手帳が一冊挟まっていた。予定表には、鉛筆で消した跡が何度も重なっている。抑えきれない力で書き、消し、また書いた痕跡。紙肌は毛羽立ち、指にひっかかる。

 その一部に、走り書きで残された頭文字──「K」。横に小さく「報告」とある。日付は事件の二日前だ。


「AIなら“文字認識不能”の判定だろうな」

 紙魚川は呟き、手帳を閉じる。

「K?」

「誰でもいい。仮に“佳奈”でも“加納”でも、“会長”でもな。人間が急いで書くと、こういう字になる」


 事務所からの帰り道、旧い喫茶店に寄った。窓ガラスに、午後の白い光がのびている。深煎りの匂いが、湿った路地の匂いを追い出した。

 安田はコーヒーに口をつけ、ためらいがちに訊く。

「──三宅、じゃないんですか」

「映像は“そう見える”ように作れる。人間の目は、整然とした流れに弱い。筋の通った嘘に、拍手まで送る」

 紙魚川は煙草の箱を指で叩き、吸わない煙を喉に流し込むような仕草をした。

「切符の時刻は事件の三十分後。片足の泥。タオルのまとめ買い。香水の匂い。俺の欲しいのは、ただ一つ、“揃いすぎた話”の継ぎ目だ」


 会計を済ませ、店を出ると、風が少しだけ乾いていた。

 角を曲がった先、古いアパートの掲示板に「夜間の騒音について」という貼り紙があり、下に小さくボールペンの字で、住人の苦情が書き込まれている。「昨夜二三時過ぎ、階段で靴を打つような音」。字は細く、急いでいたのか、縦画の終いが跳ねる癖がある。

 紙魚川は立ち止まり、掲示板のガラス越しにその癖を目でなぞった。

「跳ねる……」

 自分の手帳に、同じ跳ねの形を描いてみる。鉛筆の芯が紙を引っかく音が、やけに大きく響いた。


 夕方、署へ戻ると、佐久間が待っていた。苛立ちの色は隠さない。

「また“散歩”か。遊んでる暇はないぞ。AIは三宅のアパート付近のカメラで、あいつの帰宅時刻まで割り出した。お前の切符の話だって、あくまで状況証拠にすぎん」

「状況は、積もれば地形になる」

「詩人の真似はよせ」

 佐久間は机を指で叩いた。

「三宅を送検する。これ以上、組織の手を止めるな」


 空気が固くなる。安田は目を伏せたが、すぐに顔を上げた。

「課長。切符は被害者の血液です。事件の直後に発券。少なくとも“犯人が電車を利用した可能性”は否定できません」

 佐久間は安田を睨み、それから紙魚川に視線を移した。

「嘱託の老人一人に、捜査の舵は渡さん。……分かったら持ち場に戻れ」


 言い捨てて去る背中を、紙魚川は追わない。机に手帳を広げ、拾い集めた“無駄話”の断片を一枚の地図に貼り付けていく。レシートの時間、タオルの数、片足の泥、紐の結び目、香水の線……。

 線はまっすぐには結ばれない。結べないまま、点が増えていく。増えて、やがて“密”になる。密は方向を持つ。方向は、誰かの癖へ向かう。


 そこでふいに、事務方の若い警官が声を掛けた。

「紙魚川さん、被害者の携帯、復旧データに変な癖があって……」

「癖?」

「スケジュールの一部が、手入力の修正で“K報告”に変わってるんです。自動補完がかからないように、わざわざ辞書をオフにしてある」

 安田が身を乗り出した。

「誰がそんなことを」

「さあ。ただ、修正の入った時間帯が、あの切符の発券時刻と近い」


 紙魚川は立ち上がった。背筋の骨がきしむ音まで、自分で聞いた。

「辞書を切る癖……。手が、“跳ねる”」

 掲示板の苦情の字が、老女の語った結び目の固さが、店員の言った低い声が、互いに距離を測りはじめる。


「安田」

「はい」

「岡島のライバル会社、秘書に“佳奈”はいるか」

 安田はすぐに端末を叩いた。

「──います。大森佳奈、三十五。社長秘書。大学は情報系、AI関連の広報記事に名前があります」

「情報系、ね」

 紙魚川の口の端が、わずかに硬くなった。

「機械の癖を知ってる奴は、人間の癖で嘘を隠す」


 窓の外、薄い黄の光が傾いた。

 紙魚川は手帳を閉じ、古地図を折りたたむ。

「行くぞ。香りは残る。結び目は残る。跳ねる字も、切った辞書もだ。──“揃いすぎた話”の継ぎ目に、指を入れる」


 安田はうなずき、コートを取った。

 二人は署を出る。夕方の風は乾きはじめていたが、路地のどこかに、昨夜の雨の名残がまだ潜んでいる。そこへ足を置くたび、音の途切れた鼓動が再開するように、捜査は少しずつ前へ進む。


 背後で、機械の静かなファンの回転音が、遠い海鳴りみたいに続いていた。誰も耳を澄ませないまま。


――第二章 了

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