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アナログ探偵・紙魚川  作者: 全てChatGPTというAIが書きました。
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第一章 AIの答え

 新宿の裏通りは、夜の雨をまだ吐き出せずにいた。

 コンクリートの隙間にたまった水は鈍い光を湛え、道の両側に並ぶ看板のネオンをぼやけさせている。昼の喧騒を忘れた路地は湿った匂いを帯び、車の排気と古びた油の匂いと混じり合いながら漂っていた。


 その片隅で、岡島信明の死体が見つかった。

 胸を一突き。抵抗の跡は少なく、刃は心臓を正確に射抜いていた。

 財布と鞄は消えていた。通り魔強盗か、怨恨か。答えはすぐに出るだろう。警察にとってはそういう時代だった。


 翌朝。警視庁新宿署の捜査会議室には、捜査一課の刑事たちが集まっていた。

 壁一面のモニターが点灯し、監視カメラの映像が並ぶ。昨夜から未明にかけて、現場周辺で稼働していた三十七台のカメラだ。その映像をAIが解析し、容疑者候補を抽出する。


 淡々とした電子音声が流れる。

「容疑者、三宅翔。二十六歳。被害者との金銭トラブル履歴あり」


 映し出されたのは細身の青年だった。現場付近を歩く姿が複数のカメラに捉えられている。肩から下げたバッグは被害者の所持品と形状が一致。動線も重なっていた。


 会議室にざわめきが広がった。

「やっぱりアイツか」

「金でもめてたって話は聞いてた」

「AIがここまで言ってるなら決まりだな」


 若手刑事の安田直樹が頷く。

「バッグの比率まで一致しています。歩行姿勢の解析でも一致率は九十八パーセント。犯人は三宅で確定でしょう」


 誰もがそう信じた。

 ただ一人を除いて。


 会議室の隅に腰掛けていた男が、静かに口を開いた。

「……出来すぎてるな」


 くたびれたトレンチコート。白髪混じりの頭を撫でるように手で押さえ、紙魚川誠一はスクリーンを睨んでいた。

 その声は低く、掠れているが、妙に耳に残る響きを持っていた。


 安田が苛立ちを隠さずに言う。

「何がです? AIの解析に疑義があるとでも」


「疑義? いや、違和感だ」

 紙魚川はポケットから古びたルーペを取り出し、モニターに押し当てた。

「この青年……靴底がきれいすぎる」


「え?」


「昨夜は大雨だ。現場の路地は泥だらけだった。あの時間帯に歩けば、靴底は必ず汚れる。だが、この映像じゃ真っ白だ」


 安田は鼻で笑った。

「AIが補正したんですよ。映像の乱れを整えただけでしょう」


「補正ねぇ……。便利な言葉だな。事実を削ぎ落とすことをそう呼んでるだけだ。だが肝心なのは、削られた余白のほうなんだよ」


 会議室に重苦しい沈黙が落ちる。

 中堅刑事の佐久間が苛立ったように咳払いした。

「また始まったよ。紙魚川さん、あんたのそういう勘はもう時代遅れだ。今はAIが真実を突き止める。人間の勘なんて誤差にすぎん」


 紙魚川は答えず、ルーペを畳んだ。

「……現場を歩いてくる。机の上じゃ腹の底までは見えん」


 椅子の背に掛けていた古びた帽子を取り、紙魚川は静かに部屋を出ていった。

 残された刑事たちは嘲笑を漏らす。

 安田は一瞬、彼の背中に視線を送ったが、すぐにモニターに目を戻した。

 新宿駅から西へ五分ほど歩いた先に、その裏通りはある。

 昼は人の往来もあるが、夜ともなれば飲み屋街の明かりも薄れ、人気はまばらになる。昨夜の雨は路地の舗装にまだ黒い光沢を残し、細い排水口からはぽたぽたと水滴の落ちる音が響いていた。


 紙魚川はトレンチコートの襟を立て、足もとを確かめるように歩く。

 長靴ではない、革靴の底に水が染み込む。だがそんなことは気にもしない。

 ポケットから古地図を取り出し、事件現場を中心に赤鉛筆で小さな丸を描いた。


 背後でため息がした。

「……やっぱり来ちゃったんですね」

 安田だった。ネクタイを緩め、手には最新式のタブレットを握っている。

「紙魚川さん、現場検証ならAIがもう三次元モデルで再現してますよ。わざわざ足を汚す必要なんて……」


「必要はある」

 紙魚川は振り返らずに言った。

「三次元モデルに雨の匂いは映らん。水の溜まり方も、風の流れもな。人間はそういうもんに足を取られるんだ」


 安田は鼻を鳴らしたが、結局ついてくる。

 二人は遺体が見つかった場所に立った。まだ白いチョークの跡が残り、花束が一つ置かれていた。


 紙魚川は膝をつき、舗装の割れ目に目を凝らした。

 泥の跳ね方が不自然だ。片方の方向だけ深くえぐれている。

「逃げるとき、急いで足をひねった痕だな……」


 安田が眉をひそめる。

「そんなもの、AIは“ノイズ”として処理します」


「そうだろうな。だが、ノイズの中に人間の癖は出る」

 紙魚川は鉛筆を走らせ、手帳にメモを取った。


 路地を進むと、小さなごみ箱が目に入る。袋の口が破れて、中身がはみ出していた。

 紙魚川はしゃがみ込み、濡れた紙を一枚一枚広げていく。


 安田が顔をしかめる。

「ちょっと……そんなの衛生的に……」


「衛生より真実だ」


 やがて、赤黒い染みのついた切符を見つけた。紙は雨でふやけ、時刻印字はにじんでいる。だがかろうじて「23:41」の数字が読めた。


 紙魚川はじっと見つめ、低くつぶやいた。

「……事件から三十分後、か」


 安田が横から覗き込み、息を呑む。

「これ……血ですか?」


「そうだろうな。犯人がポケットに入れたまま、気づかず捨てたんだろう」


 紙魚川は切符を丁寧に封筒に入れ、手帳に貼り付ける準備をした。

「AIは拾えなかった。紙切れ一枚なんざ、カメラに映りゃしない。だが人間の手は痕跡を残す」


 安田は言葉に詰まり、しばらく黙っていた。

 紙魚川は切符を封筒にしまうと、再び路地を歩き始めた。

 足もとはぬかるみが残り、照明の切れた電柱の下には水たまりが広がっている。遠くから車のクラクションが響いたが、この路地には静けさしかない。


 道端のアパートから、中年の女が顔を出した。

「刑事さん? 昨夜はすごい騒ぎだったわねえ」

 紙魚川は帽子を軽く持ち上げて応じた。

「ええ、少し伺いたい。何か見たり聞いたりしたことは」


 女は腕を組み、思い出すように目を細めた。

「傘をさした人がいたわよ。ここで靴を履き替えてた。夜中の十一時半頃かしら」


「靴を、履き替えた?」


「ええ。泥を気にしてるみたいでね。……顔は見えなかったわ。傘で隠れてたから」


 安田がすかさず口を挟む。

「その証言、記録しても意味ありませんよ。時間もあいまいだし、顔も見えなかったんじゃ」


「顔は見えなくても、行動は残る」

 紙魚川は静かに答え、手帳に走り書きをした。

「泥を拭い、靴を替える。……カメラに映る前に準備していたってことだ」


 女に礼を言い、二人はさらに歩いた。

 アパートの前には一台の古い自転車が停められている。荷台には泥がこびりついていたが、タイヤの表面は不自然なほどきれいに拭かれている。


 紙魚川はしゃがみ込み、指先でその跡をなぞった。

「……逃げたあと、痕跡を消そうとしたな」


 安田が渋い顔をする。

「AIならこんな古ぼけた自転車、解析の対象にもしませんよ」


「だからだ。機械は人間が触った“痕”を嫌う。だが事件は、そういう痕の集積でできている」


 手帳に鉛筆を走らせ、紙魚川は立ち上がった。

 その横顔に、安田はどこか言い返せないものを感じた。


 翌朝、署内の会議室に戻ると、刑事たちの空気は一層硬直していた。

 佐久間が机を叩き、苛立ちを隠さずに言った。

「紙魚川さん。あなたの“勘”にこれ以上つき合うわけにはいかん。AIは三宅翔を犯人と指摘した。バッグも動線も一致してる。これ以上何を疑う必要がある」


 紙魚川は封筒を取り出し、机に置いた。

「血のついた切符が出た。時刻は事件の三十分後。映像の青年とは辻褄が合わん」


 佐久間は顔をしかめ、鼻で笑った。

「そんな紙切れ一枚で何になる。ノイズだ。鑑定に回しても“偶然”で片づけられるだろう」


「偶然ね……」

 紙魚川は目を細め、低く吐き出すように言った。

「俺は偶然なんざ信じない。人間の行動に偶然はない。あるのは嘘か、本音か、それだけだ」


 会議室は静まり返った。

 若手刑事たちは互いに顔を見合わせ、安田は黙ってモニターを睨みつけた。


 紙魚川は手帳を閉じ、椅子から立ち上がった。

「――事件はまだ始まったばかりだ。真実はAIの出す“答え”の外側にある」


 その言葉を残して、紙魚川はゆっくりと部屋を出て行った。

 湿った路地の匂いを胸に残したまま。


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