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七、『覗き穴』途中まで

 23時、僕は喫茶店の前に立っていた。花火は仕事で見ることができなかった。今年は少しも悔しくなかった。

 closeの札がかかっているけれど、店の奥の明かりはついている。入口のドアノブを回すと鍵は開いていた。


「失礼します」


 彼女はカウンター席に座っていた。

 髪を下ろしていたので昼間と印象が違う。少しラフでどこか艶めかしい。


「店の人は?」


 筋肉髭大男のマスターは?


「あの人はすぐ来ます」


 彼女は椅子からゆっくり立ち上がり僕に近寄る。体をピタリと押し当てて。

 甘い香りが髪から立ち込めて目眩がしそうな僕の手を握り、


「こちらへ来てください」


 と、囁いた。

 そして、化粧室の隣のスタッフオンリーと書かれた扉の中へと招き入れる。


「ここに隠れていて」


 それは期待していた何かとは違った。それを見抜かれないように「そうなの?」と、答えてみた。


「助けてくれたお礼にいいもの見せてあげる」


 彼女は悪戯な笑みを浮かべ、ドアの上部にある丸い穴を指さした。本来なら何ががはめ込まれているはずなのだろう。穴の内部は木材の肌が剥き出しになっている。どうやら明かり取りの窓の跡らしい。


「この穴から、私たちを覗いていて」


 傍にあった踏み台をドアの前に置いて、彼女がその上に立つ。無防備な後ろ姿を視線でなぞる。


「ほら。見て」


 僕はそっと穴から外を覗いてみる。

 マスターの姿があった。客席に足を開いて座り、煙草をくゆらせていた。


「でも」


「静かに」


 彼女は咄嗟に僕の口を塞いだ。


「実はね」


 唇が触れるほどの距離で、耳元で囁く。


「わたし、見られていないとダメなんです。興奮しなくて」


 そして、ぱっと僕から離れると、ドアから出ていった。 

 僕は踏み台に登り、言われたとおりに丸い穴の中を覗く。全身を汗が滲み始める。

 穴の中で、すでに男は彼女を弄りはじめた。

 慣れた手付きでシャツのボタンを外し、するりと下着を脱がせた。色白の肌にブラだけの姿になり、その背中に手を伸ばし、男はせわしなく……



「待った」


 物語の途中で僕は紙を裏返す。


「だめだめ。これでは18歳以下お断りになってしまう」


 幽霊が目を見開く。


「だめですか?」


「よくない」


「大丈夫だと思うんですが」


「ーー僕がまだ17歳だから」


 こんなものを高校生がコンテストに出せるものか。


「ああ! そっか。ごめん……」


 幽霊は頭を掻いている。


(そりゃ覗き穴から僕も覗きたい)


 続きを読みたい。本当はそう思っていた。


「ちなみに、ラストはどうなるの?」


「ラストは店主が女に股間を食いちぎられて、主人公は逃げ出すんだけど、それなのに覗かないと興奮しないっていう性癖になってしまうんだよね」


「こっわ」


 若干グロテスクな結末に、僕は引いてしまった。


「面白かったですか?」


「怖いし、立場的に微妙」


「そりゃそうか」


 幽霊はケラケラと笑った。

 その裏表のない笑顔をズルいと思いつつ、ずっと考えていたことを僕は幽霊に言うことにした。


「昨日はごめんなさい」


「えっ?」


 幽霊は目をパチクリさせている。


「なんで謝る?」


「昨日ひどいことを言ったから」


 男の友情物語が気に食わなかったのは、自分が今友人と喧嘩中、というより絶交中で。

 つまりは幽霊に八つ当たりしたわけだった。

 そして、僕は許してもらうために機嫌の良さそうな時を狙って謝罪をしている。


「ひどいこと?」


「……つまらない、とか」


「いえいえ。いいんです。面白くするための改稿なんですから」


 幽霊はニッと笑い、


「これの続きは18歳になったら読んでおいてください。私はまた新しいの書いてきますね」


 と残して、また消えてしまった。

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