三、改稿はトートバッグの中
次の夜。僕は机に向かっていた。
時刻はまもなく、深夜0時を迎える。
机に向かってはいたけれど、何もできずにいる。
昼間に小説の書き方について動画やネットを漁ってみた。付け焼き刃でもいいから、そこで得た知識を使って例の物語に描写を書き足そうとした。でも、手は一向に動かなかった。
そのうちに、あれは現実ではなく、自己嫌悪から見た夢ではないかと思うようになっている。
(本当に出るだろうか)
今夜も幽霊は来るだろうか。
スマホの表示が0時00分を示す。僕は室内を見渡した。
「いないじゃないか」
そう呟いて、すぐ。
「いますよ」
頭の上から声が降ってきた。
「ひっ!」
思わず悲鳴を上げた僕の頭上から、ゆっくりと男の幽霊が降りてきた。ニヤニヤと笑いながら床に降り立ち、
「こんばんわ」
と、挨拶をする。昨日と同じ白装束だけどトートバッグを抱えている。
「昨晩ぶりですね。お元気ですか?」
「本当にきた」
「私は約束を守る幽霊ですから」
「じゃあ、書いてきたの?」
「もちろん、書いてきましたよ」
答えた後、幽霊はベッドに腰掛け、しげしげと僕を見た。
「石川くんは、書いてないですね」
僕が書き直していないことは、どうやら見抜かれていたらしい。
「書いてない」
「正直なのはよろしいですが、約束を守ってほしいですねぇ」
そう言いつつ、怒った様子も見せずにトートバッグからクリアファイルを差し出した。
「これを読んでみてください」
僕は受け取ると、ファイルの中からA4の紙を取り出す。どうやら、幽霊が書いてきた小説のようだ。幽霊がどうやってPCに打ちこんで印刷したのかは謎だけど、相手は幽霊だ。もはや掘り下げる気にもならない。
「もし面白かったら。私の頼みを聞いていただけますか?」
幽霊はあっけらかんと訊ねた。
「やだよ」
「ケチですね」
「ケチじゃない。幽霊の頼みなんてきいたら命奪われそうで怖いよ」
「石川くんにはそんなことしないです。何の怨みもないですから。頼みの内容を聞いてもらうだけでいいんです。しかも、このお話が面白かったら」
「面白かったらでいいの?」
「もちろん」
表紙には『居酒屋風喫茶カフェ』とある。
(居酒屋なの? 喫茶店なの? カフェなの?)
僕は眉を寄せつつページをめくった。
そこには物語が綴られていた。