ニ、九行の処女作
ボクは二十代の好青年。
カフェで美しい女性に出会った。
「こんにちは、美しいですね」
「嬉しいわ」
「本当のことをいっただけです」
「また会ってくださる?」
「もちろんです」
ボクはカフェを後にした。
その夜は、一人で大盛りあがりだった。
★
「これ?」
スマホの画面を見つめながら、幽霊は笑いを嚙み潰している。
「これが石川くんの処女作ですね」
その表情で充分わかる。感想なんて聞かなくても痛いほどわかる。
「もしかして、最後は下ネタですか? 盛り上がったってアレですか?」
「ほっといてくれよ」
僕はなんとか言い返した。恥ずかしいやら腹立たしいやらで顔が熱い。
「だから、才能ないっていったでしょ?」
「いやいや。才能以前の話ですよ。これは物語なんですか。起承転結はどこいったんですか?」
「いいんだよ。コンテストは喫茶店が舞台の話ならなんでもいいオッケーなんだから」
「コンテストにこいつを出すのですか!」
そんなに驚かなくてもいいのに、大袈裟に驚きやがって。どう考えてもぼくを馬鹿にしている。
「ちなみにどんなコンテストなんですか?」
僕は仕方なく、コンテストの応募要項の載ったスマホの画面を見せた。
「どれどれ。月弦舎は『喫茶店』をテーマにしたショートストーリーを募集します。舞台は喫茶店ということ以外、設定も時代背景もジャンルも自由です。喫茶店で巻き送る心躍る物語をお待ちしています。ですって」
幽霊は視線をスマホに向けたまま微笑んでいる。あんまり絶望的だから笑うしかない様子に見受けられる。
「だから、諦めたんだよ」
「まあ、直せばなんとかなります」
思いがけない言葉が帰ってきた。
「締切は8月26日。花火大会の日ですね」
「花火大会か」
今年は受験生だから諦めている。そもそも見に行く友だちも恋人もいない。
「その日までに仕上げて、花火を見ながらドーンとお祝いをしましょう」
「こっちは受験勉強があるんだよ」
「してないでしょ?」
幽霊にピシャリと言い返され、僕は黙るしかなかった。
「まず」
スマホを指差し、幽霊は僕を見やった。
「主人公がどんなやつかわからないから、もっと描き足さないと」
「書いてある。二十代の好青年だよ」
「それだけじゃ伝わりません」
「だから、書いてある。明るくて爽やかで感じが良い男だよ」
「これだけだと伝わりませんよ。伝わったとしても、薄いです。うっすーーいです」
「読者が想像すりゃいいだろ? それぞれの好青年像があるだろうし」
幽霊は大きくため息をついた。
「呆れた作者ですね。読者を頼り過ぎなんですよ。読者はお母さんじゃないんですよ?」
なかなか厳しいことを言う。
「だいたいカフェもどんなカフェです? 美しい女性も、どんな女ですか? 主人公との関係は?」
「初対面だよ」
「初対面なのに美しいですねて言ったんですか? こいつのどこが好青年なんですか。いやらしい」
「いやらしくない」
「いやいや。いやらしいです。しかも、女は嬉しいわって返しているし。知らねぇ男に『美しいですね』って言われて『嬉しいわ』って返せるのはプロですよ。本当のことをいっただけですっていう男のセリフも鬱陶しいですねぇ」
幽霊はどんどん饒舌になっていく。
「あと唐突に別れがやってきますよね。会ってすぐに『また会ってくださる?』はあしらわれていますねぇ。もちろんですって言う男がまたまた鬱陶しいですねぇ」
もうやめてくれ。そう言いかけたとき、幽霊はふるふると首を振る。反論はさせないらしい。
「一番のツッコミどころはですね、やはり、その夜に一人で大盛りあがりするクダリです。もう一度言います。これって下ネタですね?」
「そんなに文句言うなら自分で書けよ!」
思わず叫んだ。すると、幽霊は驚いた顔で僕を見つめる。そして、その顔のまま、
「いいんですか?」
ゆっくりと訊ねた。
「いいよ」
もうどうでもよかった。小説なんて、どうでもいい。書けるやつが好き勝手に書けば良いんだ。
しかし、幽霊のほうは僕に質問をぶつけてくる。
「聞きますけどジャンルは何が良いと思います?」
「なんでもいいよ」
「そう言わず。お好みのジャンルは?」
「だから、なんでもいいよ」
「丸投げなんて困った人ですねぇ。でも人任せにはさせませんよ。石川くんも書いてくださいね」
「はぁ? やだよ」
「だって。もっと情報を加えれば、面白くなるかもしれませんよ?」
書き直すなんてウンザリだ。でも、幽霊はノリノリだ。
「明日も深夜0時に現れるので、それまでに書き直して、読み合いっこしましょうね」
そう言って、勝手にパタリと消えてしまった。
(最初、何かを頼みに来ていたじゃないか。それはどうなったんだよ)
僕は呆然としつつ、首を傾げるしかなかった。