表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/50

第7話 計画実行、頼れる幼馴染

 あれから、数日が過ぎた。


 天峰と放課後の図書室で、思いがけず一緒に過ごしたあの日から、俺の日常は、確実に色を変え始めていた。


 教室で隣に座る彼女の存在を、以前よりもずっと強く意識するようになった。ノートをとる指先、ふとした瞬間の横顔、授業中にペン先で唇を軽くつつく癖。些細な仕草一つひとつが、妙に鮮やかに目に焼き付く。友人たちとの会話の中に、彼女の名前が出るだけで、心臓が小さく跳ねる。まだ「付き合っている」わけじゃない。むしろ、始まったのは「友達」という、曖昧で手探りの関係だ。それなのに、こんなにも心が浮き立ち、同時に落ち着かないのは、自分でも滑稽だと思う。けれど、その感情が嫌ではなかった。


 もっと、彼女に近づきたい。自然な形で、お互いを知る時間を作りたい。そう考えた末に思いついたのが、「昼休みにグループで一緒に食事をする」という計画だった。天峰には、百合川桜と北条沙織という親しい友人がいる。俺にも、浅倉悠貴がいる。いきなり二人きりではなく、まずは気心の知れた仲間を交えて、和やかな雰囲気を作ることから始めたい。


 問題は、どうやってその機会を作るかだ。俺が一人で突っ走っても、空回りするだけだろう。こういう時、うまく場を取り持ってくれそうな人物に相談するのが定石だ。


 ――頭に浮かんだのは、やはり彼女の名前だった。北条沙織。


 現生徒会長であり、そして、俺の幼馴染。小学生の頃は家が隣で、毎日のように一緒に遊んだ。引っ込み思案で、いつも俺の後ろをついてくるような、そんな女の子だった。それが今や、堂々と全校生徒の前に立ち、学校を動かしている。正直、俺が首席で入学したことよりも、彼女が生徒会長になったことの方が、よっぽど大きな驚きだった。同時に、少しだけ誇らしいような気持ちもある。人は変わるものだ。


 とはいえ、高校で再会してからは、昔のように気安く話す機会は減っていた。彼女は学校の中心人物で、俺も何かと注目される立場。校内で二人きりでいると、余計な憶測を呼ぶ可能性もあった。それでも、今回の計画のキーパーソンは、沙織しかいないと思った。彼女なら、天峰と百合川を自然に巻き込めるだろうし、悠貴ともうまくやってくれるはずだ。


 土曜日の午後。俺は事前にLINEで「相談したいことがある」とだけ伝え、沙織を校外の喫茶店に呼び出した。学校から少し離れた、隠れ家のような店。昔、俺が引っ越した後、こちらに戻ってきたときにたまに二人で立ち寄った場所だ。


 店内には落ち着いたジャズが流れ、午後の柔らかな陽射しが差し込んでいる。先に着いた俺は、奥のテーブル席でメニューを眺めながら彼女を待った。この店のコーヒーは美味いが、沙織はきっと甘いものを頼むだろう。昔から、彼女はパフェやケーキに目がなかった。


 やがて、ドアベルが鳴り、沙織が入ってきた。


「ごめん、待たせちゃった?」


「いや、俺も今来たところだ」


 お決まりのやり取りに、お互い小さく笑う。「怜央はいつもそう言うわね」と言いながら、沙織は向かいの席に腰を下ろした。


 店員が水を運んでくる。俺はブレンドコーヒー、沙織は予想通り、クリームたっぷりのコーヒーフロートを注文した。


「こうして二人で来るの、久しぶりね」


 沙織がストローの袋を丁寧に破りながら言った。


「ああ。校内じゃ、なかなかゆっくり話せないからな」


「そうね。お互い、ちょっと目立つし?」


 悪戯っぽく笑う沙織。昔の彼女からは想像もできないような、余裕のある表情だ。


「……それで、相談って?」


 フロートのクリームをスプーンで掬いながら、彼女は本題を促した。その目は、すべてお見通しだと言わんばかりに、俺を真っ直ぐに見据えている。


「……まあ、お前の予想通りだと思うけど。天峰のことだ」


 観念して切り出すと、沙織は「やっぱり」と小さく頷いた。


「屋上でのこと、聞いたか?」


「澄香から、少しだけね。クラスでも噂になってるわよ。あなたたち、本当に目立ってるんだから」


 やれやれ、といった表情で沙織は続ける。


「澄香を好きな男子は怜央を警戒してるし、怜央ファンの女子は澄香に敵意むき出し。それ以外の子たちは、二人がくっつけばライバルが減るって、むしろ応援してるみたいよ?」


「……勘弁してくれ」


 思わず額に手を当てる。沙織は楽しそうにケタケタと笑っている。


「それで、澄香とどうしたいの?」


「……もう少し、自然に話せる機会が欲しいんだ。いきなり二人きりだと、彼女も警戒するだろうし。だから、グループで昼飯を一緒に食べられないかなって思ってる。俺と悠貴、それから天峰と百合川。沙織も一緒に」


 俺の提案を聞き、沙織は少し考えるようにフロートのグラスに視線を落とした。そして、ふっと顔を上げ、穏やかに微笑んだ。


「いいんじゃない? 楽しそうだし。でも、場所はどうするの? 学食だと席の確保が大変よ?」


「だよな。だから困ってるんだ。どこか、人目を気にせず、落ち着いて話せる場所があれば……」


「それなら、生徒会室を使えばいいじゃない」


 沙織の提案に、俺は目を見開いた。生徒会室。確かに、そこは盲点だった。


「あそこなら、昼休みは私たちくらいしか使わないし、テーブルもあるから5人でも十分座れるわよ。それに、部外者が勝手に入ってくることもないし」


「……いいのか? 生徒会の部屋を、そんな私的な目的で使って」


「大丈夫よ。昼休みに生徒が利用してる方が、むしろ活動的に見えるでしょ? それに、活動がないときはいつも澄香が入り浸ってるし、桜も、私もいるんだから、問題ないわ」


 彼女は自信たっぷりに言う。さすがは生徒会長、そのあたりの匙加減は心得ているらしい。


「……助かる。本当にありがとう、沙織」


「ふふ。怜央にそんな風に頼られるなんて、なんだか新鮮」


 昔の、いつもおどおどしていた彼女の姿が重なり、俺は改めて、彼女の成長に感嘆する。


「それで、いつからにする? 曜日とか、決めておいた方がいいわよね」


 沙織はスマホを取り出し、スケジュールを確認し始めた。


「生徒会の定例が木曜だから……火曜と金曜あたりなら、比較的空いてるかな。浅倉くんの部活の都合とかもあるでしょうけど」


「悠貴なら、昼休みは問題ないはずだ。火曜と金曜か……いいな。じゃあ、早速来週から始められないか?」


「いいわよ。澄香と桜には、私から話しておくわ。桜は『面白そう!』って絶対食いつくし、澄香も……まあ、断らないと思うわよ、たぶん」


 沙織の言葉に、俺は安堵と期待で胸が高鳴る。


「悠貴には俺から連絡する。……これで、少しは、天峰と話せる機会が増えるな」


「そうね。良かったじゃない」


 沙織は微笑みながら、フロートの最後のクリームを口に運んだ。その横顔は、どこか大人びて見えた。


「怜央、なんだか嬉しそうね。澄香のこと、本当に好きなんだ」


 茶化すような口調だが、その声には温かさがあった。


「……ああ。初めてなんだ。こんな気持ちになるのは」


 素直な言葉が、口をついて出た。沙織は、何も言わずに、ただ静かに頷いた。昔から、彼女は聞き上手なところがあった。


「……澄香もね、怜央のこと、気にしてるみたいだったわよ。『別に興味ない』とか強がってたけど、顔は正直だったし」


「……本当か?」


「ええ。だから、あんまり気負わずに、普通に接してあげればいいと思うわ。あの子、見た目よりずっと繊細だから」


 沙織の言葉が、じんわりと胸に沁みる。そうだ、焦る必要はない。まずは、友達として、自然体で。


「……わかった。ありがとう、沙織。本当に助かった」


「どういたしまして。私も楽しみだわ。みんなで食べるお昼ご飯」


 会計を済ませ、店を出る。午後の陽射しは、来た時よりも柔らかくなっていた。学校までの道を、二人並んで歩く。


「生徒会長って、やっぱり忙しいんだな」


「まあね。でも、自分で決めたことだし、周りのみんなが助けてくれるから。……怜央も、何かあったら、いつでも言いなさいよ? 幼馴染なんだから」


「……ああ。頼りにしてる」


 学校前で沙織と別れ、俺はすぐにスマホを取り出した。悠貴に『グループランチ計画、始動』とメッセージを送る。すぐに「了解!楽しみにしてる!」と返信があった。


 あとは、沙織が天峰と百合川を説得してくれるのを待つだけだ。きっと、うまくいく。そんな予感がした。


 来週の火曜日。生徒会室での、初めての昼食会。


 そこで、天峰はどんな顔を見せてくれるだろうか。彼女の、まだ知らない一面に触れることができるだろうか。


 想像するだけで、足取りが軽くなる。高鳴る胸を押さえながら、俺は自宅への道を急いだ。初恋は、まだ始まったばかりだ。

評価やブクマをしていただけますと大変嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ