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第11話 胸の奥でくすぶる、嫌な予感

「……おめでとう、天峰」


 俺は、人混みの中で、彼女にだけ聞こえるように、静かに声をかけた。


「3位、大躍進だな。……正直、驚いた。よく頑張った」


 それは、ライバルへの称賛であり、そして、特別な存在への、心からの祝福だった。


 彼女は、俺の言葉に、一瞬、目を見開いた。そして、次の瞬間、ふいっと顔を逸らしてしまった。だが、その耳が、さっきよりもさらに赤く染まっているのを、俺は見逃さなかった。


「……別に。……あなたには、まだ負けてる」


 小さな、けれど、はっきりとした声で、彼女はそう呟いた。その言葉には、悔しさと、そして、俺への対抗心が、明確に込められていた。だが、同時に、俺に認められたことへの、ほんのわずかな喜びも含まれているように、俺には感じられた。


(……それでこそ、天峰だ)


 俺は、思わず口元に笑みを浮かべた。そうだ、これでいい。俺たちは、ただ馴れ合うだけの関係じゃない。互いに高め合うライバルでもあるのだ。その関係性が、今の俺には心地よかった。


「……ゲホッ、コホン……」


 不意に、また咳が出た。今度は、少しだけしつこい。胸の奥が、わずかにむず痒いような感覚もある。俺が咳き込むのに気づき、天峰が心配そうにこちらを見た。


「……大丈夫?」


「ああ、なんでもない。少し、喉が……」


 そう言いかけた時、沙織も俺の様子に気づいたようだ。


「怜央? 顔色、少し悪くない? 風邪でも引いたの?」


「いや、そんなことは……」


 否定しようとしたが、確かに、少しだけ息苦しいような気もする。掲示板前の人混みの熱気のせいだろうか。


「とりあえず、ここじゃなんだし、生徒会室行こうぜ! 昼飯食いながら、ゆっくり祝勝会だ!」


 悠貴が、気を利かせたのか、場を促すように言った。それに皆が同意し、俺たちは人混みを抜け、生徒会室へと向かった。天峰は、まだ少しだけ、俺の様子を気にするような視線を送ってきていた。その視線に、胸が小さく温かくなるのを感じながら、俺は、また軽く咳払いをした。


 生徒会室のドアを開けると、いつもの落ち着いた空間が俺たちを迎えた。テーブルを囲み、それぞれが持ち寄った昼食を広げる。


「いやー、それにしても、天峰さん、マジですごいわ! 3位おめでとう!」


 席に着くなり、悠貴が改めて天峰を称賛する。


「ほんとほんと! 努力が実ったね、澄香!」


 桜も、自分のことのように嬉しそうだ。


「ありがとう……。でも、まだまだ上がいるから……」


 天峰は、照れながらも、謙虚に答える。その視線が、ちらりと俺の方へ向けられた。


「まあ、1位は今回もこの男だったわけだが」と、悠貴が俺を指差す。「怜央も、プレッシャーの中、よくやったな!」


「ありがとう。だが、油断はできないな。特に、3位の追い上げが激しいからな」


 俺は、天峰を見ながら、わざとらしく言ってみた。彼女は、またむっとした表情をしたが、その口元には、やはり笑みが浮かんでいる。


「次回こそ、見てなさいよ」


「望むところだ」


 ライバルとしての、健全な火花の散らし合い。それを、沙織と桜、悠貴は、どこか微笑ましそうに見守っている。


「二人とも、本当にすごいわよね。このレベルで競い合えるなんて。私たちも、見習わないと」


 沙織が感心したように言う。


「そうだそうだ! よーし、私も次のテストはもっと頑張るぞー!」


 桜が拳を握りしめる。


 テストの結果を肴に、会話は和やかに弾んだ。週末の水族館の話も出て、楽しかった思い出を語り合う。天峰も、普段より口数が多く、時折笑顔を見せながら会話に参加している。その姿を見ているだけで、俺の心は満たされた。


 だが、昼食が進むにつれて、俺は再び、喉の違和感と、軽い息苦しさを感じ始めていた。咳を堪えようとすると、余計に胸が苦しくなる。


「……ゴホッ……」


 ついに、抑えきれずに咳き込んでしまう。


「怜央? やっぱり、具合悪いんじゃない? 顔、赤いよ?」


 沙織が、真剣な表情で俺の顔を覗き込む。その声に、他の三人も心配そうにこちらを見た。特に、天峰の瞳には、明らかな憂慮の色が浮かんでいる。


「いや、本当に大丈夫だ。少し、むせただけだ」


 笑顔で誤魔化そうとするが、声が少し掠れてしまう。胸の奥の不快感は、気のせいではないようだ。まさかとは思うが、子供の頃の、あの嫌な感覚が、微かに蘇ってくる。


(……大丈夫だ。ただの風邪のひき始めか、疲れが出ただけだ)


 自分にそう言い聞かせ、俺は無理に笑顔を作り、会話に戻ろうとした。だが、胸の奥でくすぶる小さな不安の種は、簡単には消えてくれそうになかった。


 昼休み終了のチャイムが鳴るまで、俺はできるだけ平静を装い続けた。天峰の、時折向けられる心配そうな視線を感じながら。午後の授業、乗り切れるだろうか。少しだけ、重い気持ちを抱えながら、俺は食べ終えた残骸を片付け始めた。

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