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第4話 五人の週末、始まる予感

 終礼が終わり、解放された生徒たちが、一斉に教室を飛び出していく。私も荷物をまとめ、教室を出た。廊下は、テストからの解放感で浮かれた生徒たちでごった返している。


(早く帰って、ゆっくり休みたい……)


 そう思いながら階段を下りていると、すぐ後ろから、聞き慣れた声がかかった。


「天峰」


 振り返ると、彼が立っていた。いつの間にか追いついてきたようだ。


「……お疲れ様」


「……お疲れ様」


 短い言葉を交わす。テストが終わったことで、互いの間にあったピリピリとした緊張感は消え、どこか穏やかな空気が流れていた。


「……どうだった?」


 彼が、少しだけ躊躇うように尋ねてきた。


「……まあ、全力を尽くしたつもり。あなたは?」


「俺もだ。……結果がどうあれ、後悔はない」


 その言葉に、私も頷く。そうだ、結果はまだわからない。けれど、この三日間、私は持てる力の全てを出し切った。それは、彼も同じだろう。


「……大変だったな、この三日間」


「うん、本当に。……頭、使いすぎた」


 自然な会話。テスト期間中には考えられなかった、穏やかなやり取り。それが、今は心地よかった。二人で並んで、ゆっくりと階段を下りる。


「あーーっ! 終わった終わったー! 解放ーーー!」


 突然、背後から、桜のけたたましい声と、それに続く浅倉くんの「お疲れー!」という声が聞こえてきた。振り返ると、二人が満面の笑みで、こちらに駆け寄ってくるところだった。その後ろには、沙織も穏やかな笑みを浮かべて続いている。どうやら、同じタイミングで教室を出たらしい。


「おー、怜央、天峰さん、お疲れさん!」


 浅倉くんが、軽く手を挙げる。


「二人とも、なんかいい雰囲気じゃーん? もしかして、二人だけで帰るところだった?」


 桜が、ニヤニヤしながら私と彼を交互に見る。その視線に、顔が少し熱くなるのを感じ、反射的に彼から一歩距離を取ってしまう。


「ち、違う! たまたま一緒になっただけだって!」


 慌てて否定する私を見て、桜は「ふーん?」とさらに面白そうに笑う。本当に、この子は……。


「ねえねえ! テスト終わったんだしさ、今度の土曜日、みんなでどっか遊びに行かない!?」


 桜が、まるで思いついたように、目を輝かせて提案した。このテスト期間中、ピリピリとしたライバル関係を保っていた反動なのか、桜の提案は妙に魅力的に聞こえた。


「打ち上げ的な? ね、どうよどうよ!」


 その唐突な提案に、私は一瞬、言葉を失う。遊びに? この五人で? テスト勉強で疲弊した頭が、すぐには状況を処理できない。


「お、いいね! それ!」


 浅倉くんが、すぐに食いついた。


「パーッと騒ぎたい気分だったんだよな! カラオケとか? ボーリングとか?」


「いいねいいね! それとも、みんなで美味しいものでも食べに行くとか!?」


 桜と浅倉くんは、すっかりその気になって、勝手に盛り上がり始めている。


「……みんなで、か」


 隣で、彼が小さく呟いた。その声には、驚きと、そして、ほんの少しの……期待のような響きが混じっているように聞こえた。彼は、ちらりと私の方を見た。その視線に、どきりとする。彼も、この提案に乗り気なのだろうか。私と、プライベートな時間を……。


「澄香はどう? 土曜日、何か予定ある?」


 沙織が、穏やかに、しかし有無を言わせぬ圧力で、私に話を振ってきた。また、このパターンだ。


「……別に、特に予定は……ない、けど……」


 歯切れの悪い返事になってしまう。行きたくないわけではない。むしろ、テストからの解放感もあって、みんなで騒ぐのは楽しそうだとも思う。でも、彼がいる。それも、「友達以上」の関係を意識し始めた、彼と、学校外で、プライベートな時間を過ごす。そのことに、まだ心の準備ができていなかった。先週に「少しはみ出してもいい」なんて言った手前、ここで断るのも不自然だ。どうしよう……。


「じゃあ決まりだね!」


 私の返事を待たずに、桜が勝手に話をまとめる。


「やったー! 久しぶりにみんなで遊べる! どこ行く? 何する?」


「俺、なんでもいいぜ! みんなに合わせる!」


 浅倉くんが快活に言う。


「怜央は? 何か行きたいところとかある?」


 沙織が、彼に尋ねた。全員の視線が、彼に集まる。


 彼は、少し考える素振りを見せた後、穏やかに、しかしはっきりと答えた。


「そうだな……。みんなで楽しめるなら、どこでも。……でも、強いて言うなら、あまり騒がしすぎない場所の方が、個人的には嬉しいかな。ゆっくり話もしたいし」


 その言葉に、私はまた、どきりとした。「ゆっくり話もしたい」。それは、誰と? 私と、だろうか? 自意識過剰かもしれない。けれど、そう思わずにはいられなかった。先週の金曜日、カフェでは少し話せたけれど、もっと色々なことを話してみたい、という気持ちは、私の中にも確かにあった。


「ふむふむ、なるほどねぇ」


 桜が、意味ありげに頷いている。


「じゃあさ、あの大きな水族館とかどう? 昔からある有名なところ! いろんな海の生き物がいて、見てるだけでも結構時間潰せるし、幻想的で癒されるって評判じゃない?」


「あ、あの水族館! いいかも!」


 浅倉くんが賛同する。


「俺も賛成。たまには、そういうのも悪くない」


 彼も、静かに同意した。その横顔には、どこか柔らかな期待の色が浮かんでいるように見えた。


「澄香は?」


 沙織に促され、私はようやく口を開いた。水族館。巨大な水槽の中を悠々と泳ぐ魚たち。薄暗い空間に差し込む光。静かで、幻想的な雰囲気。悪くないかもしれない。騒がしい場所よりは、ずっといい。それに……彼と、あの空間を共有するのは……。


「……水族館、……別に、嫌いじゃない」


 我ながら、可愛げのない返事だと思う。けれど、今はこれが精一杯だった。行く、とはっきり言えない。でも、行きたい気持ちも、確かにある。


「よーし! じゃあ、土曜日は水族館に決定! 詳しい時間とか場所は、またLINEで決めよ!」


 桜が、嬉しそうに宣言した。こうして、テスト明けの週末の予定は、半ば強引に、しかし、どこか自然な流れで決まってしまった。


 下駄箱の前で、靴を履き替える。外に出ると、午後の日差しが眩しかった。


「じゃあ、また明日」


「ああ。……また明日」


 彼と短い挨拶を交わす。テスト期間中とは違う、少しだけ緩んだ空気。そして、土曜日への、漠然とした、けれど無視できない期待感。


 別れ道で、軽く手を振って別れる。彼の背中を見送りながら、私は、テストが終わった安堵感と、週末の予定に対する、複雑な気持ちで胸がいっぱいになっているのを感じていた。水族館。彼と、二人きりではないけれど、一緒に過ごす、初めての休日の時間。そこで、私たちは、どんな会話をして、どんな表情を見せるのだろうか。


(……これも、「たまにはみ出す」ってこと、なのかな)


 そう考えると、少しだけ、緊張が和らぐような気がした。先週の火曜日に自分で口にした言葉が、今、現実の予定となって目の前に現れた。少し怖い気もするけれど、逃げるわけにもいかない。


 テストという戦いは終わった。そして、これからまた、彼との、あの名前のない関係が、少しずつ、でも確実に、動き出すのかもしれない。


 今はただ、その予感に、静かに心を委ねていたかった。


 土曜日の水族館。それは、私にとって、どんな意味を持つ一日になるのだろうか。

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