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第2話 これはデートか、寄り道か

 その後、俺は参考書コーナーへ、彼女は再び文芸書の棚へと、一時的に別れて店内を見て回った。俺は、目当ての数学の問題集を数冊手に取り、内容を比較検討する。隣の棚では、別のクラスの男子生徒たちが、漫画の新刊について騒いでいる。日常の、ありふれた光景。だが、同じ空間に彼女がいる、というだけで、その風景が特別な意味を持つ。


 問題集を選び終え、彼女のいる方へ戻ると、彼女は一冊の文庫本を手に、真剣な表情で裏表紙のあらすじを読んでいた。俺が近づいたことに気づくと、少しだけ驚いたように顔を上げた。


「決まったか?」


「うん。これ、面白そうだから、買ってみようかなって」


 彼女が見せたのは、少し古い、純文学に分類されるような作家の本だった。装丁もシンプルで、彼女の雰囲気に合っているような気がした。


「へえ。渋いところを選ぶな」


「……別に。たまたま、目についただけ」


 彼女は、少しだけ照れたように視線を逸らす。その仕草が、また俺の心をくすぐる。


「……そろそろ、少し疲れないか? あっちにカフェスペースがあるみたいだけど、寄って行かないか?」


 計画通り、カフェへと誘う。これもまた、「友達」としての自然な流れのはずだ。


「……うん。喉、渇いたかも」


 彼女は、素直に頷いた。レジでそれぞれ会計を済ませ、店の奥にあるカフェスペースへと向かう。ガラス窓に面した、明るく開放的な空間。席はまだ空いている。窓際の、二人掛けのテーブルを選んだ。


 カウンターで、俺はアイスコーヒーを、彼女は少し迷った末に、アイスティーを注文した。彼女が甘いものを好むのかどうか、まだ知らない。こういう些細な情報の一つ一つが、今の俺にとっては貴重だ。


 席に戻り、飲み物を待つ間、ほんの少しの沈黙が訪れる。だが、それは気まずいものではなく、むしろ、穏やかで、心地よい沈黙だった。窓の外を行き交う人々。遠くに聞こえる駅のアナウンス。カフェの中に流れる、静かなジャズのBGM。


(これが、「友達」の範囲内での、穏やかな時間……)


 そう思う一方で、心のどこかでは、もっと、何かを求めている自分がいた。この心地よさを壊したくない、という気持ちと、この関係を、もっと先に進めたい、という気持ち。その二つが、常にせめぎ合っている。


 やがて、店員が飲み物を運んできた。グラスについた水滴が、テーブルに小さな輪を描く。


「……さっきの本、楽しみだな」


 俺が言うと、彼女も頷いた。


「うん。……二宮くんが選んだミステリーも、気になる」


「読み終わったら、交換するっていうのはどうだ?」


 また、少しだけ踏み込んだ提案。彼女は、アイスティーのストローを口に運びながら、少しだけ考え、そして、小さく笑った。


「……それも、いいかもね」


 許可、再び。一歩ずつ、確実に。だが、焦らずに。


「そういえば、中間テスト、もう来週か」


「うん。……あっという間だね」


「勉強会の成果、出るといいな」


「そうだね。……木曜日の私の解説、大丈夫だったかな……ちょっと、不安」


 彼女が、珍しく弱音のようなものを漏らす。その、普段は見せない一面に、また親近感を覚える。


「大丈夫だろ。天峰の説明は、いつも的確でわかりやすい。自信持っていい」


「……そう、かな」


「ああ。俺も、ためになったし楽しかった」


 俺の言葉に、彼女は、ほんのりと頬を染め、嬉しそうに微笑んだ。その笑顔が、西日の光を浴びて、キラキラと輝いて見える。


(ああ、やっぱり……)


 この感情は、もう、ただの友情ではない。明確な、強い好意だ。「友達の範囲」を超えたい、という欲求。それを、隠しきれない。


 だが、彼女の『たまになら』という言葉を思い出す。今はまだ、その「たま」のタイミングではないのかもしれない。


 俺は、アイスコーヒーを一口飲み、内心の焦りを落ち着かせる。大丈夫だ。時間は、まだある。俺たちの関係は、まだ始まったばかりなのだから。


 カフェでの時間は、穏やかに過ぎていった。本の話、学校の話、少しだけ、将来の夢の話。他愛のない会話。けれど、その一つ一つが、俺たちの間の距離を、確実に縮めているように感じられた。


 店を出て、駅の改札へと向かう。空は、もうすっかり夕暮れの色に染まっていた。


「今日は、ありがとう。……楽しかった」


 別れ際に、彼女が、少しだけ照れたように、しかしはっきりとそう言った。


「ああ、俺もだ。……また、来ような」


「……うん」


 自宅に帰るべく別れて歩いていく彼女の後ろ姿を、俺はしばらく見送っていた。今日の「デート」は、「友達の範囲」を大きく逸脱することはなかったかもしれない。だが、確かに、俺たちの関係は、また少しだけ、深まった。確かな手応えを感じながら、俺は、次への期待を胸に、帰路についた。この、ゆっくりとした、けれど確かな歩みが、いつか、実を結ぶことを信じて。

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