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第3話 生徒会室の秘密会議

 ゴールデンウィーク明けの浮ついた空気が、まだ教室を満たしている。そんな喧騒を背に、私は足早に廊下へ出た。昼休み。……最悪なことに、ついさっき、あの二宮怜央に屋上に呼び出され、よくわからない告白(?)を受けた後だ。


(告白……というか、「友達から」とかいう意味不明な提案……)


 教室に戻った時の、あの値踏みするような視線。好奇心に満ちた囁き声。思い出すだけで嫌になる。彼も適当にかわしていたようだけど、面倒なことになったのは間違いない。


「天峰さん、さっきのって……」


 話しかけてきた女子の声も、適当な笑顔で遮って逃げてきた。これ以上、あの教室にいるのは精神衛生上よろしくない。


(なんで私が、彼のせいでこんなコソコソしなきゃいけないわけ?)


 苛立ちを抱えながら向かうのは、いつもの生徒会室。会長の北条沙織と、もう一人の親友、百合川桜。彼女たちがいれば、少しはマシな時間を過ごせる……はずだ。


 廊下を歩きながらも、さっきの屋上の光景が勝手に脳内で再生される。あの真剣な顔。わずかに震えていた指。いつも余裕綽々な男が見せた、意外な姿。


(……だから、何だって言うのよ。私には関係ない)


 そう打ち消そうとしても、妙に鮮明に思い出せてしまう自分に、さらに苛立ちが募る。


「まったく……」


 小さくため息をつく。なんでこんなに心が乱されているのか。不愉快だ。


 生徒会室のドアを開けると、予想通り、二人の親友がテーブルを囲んでいた。


「あ、澄香! 遅かったじゃん!」


 能天気な声は百合川桜。まあ、彼女のこういう裏表のないところは、嫌いじゃない。


「待ってたわよ」


 穏やかな声は北条沙織。生徒会長。……この人も、大概食えないところがある。


「ごめん。ちょっと、手間取って」


 曖昧に答えながら鞄を置く。桜が「いいよいいよ! お弁当にしよ!」と、いつもの可愛らしいキャラ弁を取り出す。沙織もサンドイッチの包みを開ける。私も自分の、彩りの欠片もない機能性重視の弁当を机に置いた。


「さて、澄香」


 沙織が、にこやかな笑顔のまま切り出した。……来た。絶対この話だ。


「さっきの屋上の件。洗いざらい話してもらいましょうか?」


 その笑顔の下に隠された好奇心が透けて見える。本当に、人が悪い。


「そうなのよ! 教室で目撃情報があってね! 二宮くんと二人で屋上行ったんでしょ!? ねぇ、やっぱり告白!?」


 桜も目をキラキラさせて身を乗り出してくる。こういう話が大好物なのは知ってるけど、今は勘弁してほしい。


「……別に、たいした話じゃない」


 私がぶっきらぼうに答えると、桜は「えー、そんなこと言ってー!」と食い下がる。


「やっぱり告白?」


「……まあ、そんなとこ。想像通りでしょ」


 どうせ話すことになるなら、さっさと済ませてしまいたい。屋上での彼の言葉を思い出すと、また顔が熱くなるような気がして、それを悟られたくない一心で、私は素っ気なく答えた。


「うわー! マジで! あの二宮くんから!」


 桜が大げさに騒ぐ。うるさい。


「……ただ、『付き合え』じゃなくて、『友達から』だってさ。意味わかんない」


 吐き捨てるように言うと、桜は「え、そうなの? もっと強引なタイプかと思ってた!」と意外そうな顔をする。


「私も。もっと自信満々で、上から来るのかと」


 思わず本音が漏れた。屋上で見た、あの緊張した姿。あれは確かに予想外だった。……だからって、別に何とも思ってないけど。


「へえ……。で、なんて言われたの? ちゃんと教えてよ!」


 桜がしつこい。沙織が「まあまあ」と桜を宥めつつ、私に視線を向ける。


「澄香が嫌なら無理強いはしないけど……話した方が楽になることもあるわよ? ね?」


 優しい言葉とは裏腹に、その目は「話すまで逃がさないわよ」と語っている。本当に、この生徒会長は……。


「……聞きたいだけでしょ、どうせ」


 そう前置きしつつ、私は観念して話し始めた。


「……なんか、『好きだ』って。それで、よく知りもしないで付き合うのは違うから、まずはお互いを知るために友達になりたい、だって。馬鹿正直っていうか、何ていうか……」


 その後もできるだけ感情を込めずに、詳細を含めて事実だけを報告する。それでも、「好きだ」と言われた事実を口にするのは、妙に気恥ずかしくて、居心地が悪い。


「は、初恋!? うわー、なんか意外! あの二宮くんが!?」


 桜がニヤニヤしながら言う。何がおかしいのか。彼が初恋だろうが何だろうが、私には関係ない。


「……知らないわよ、そんなこと。なんで私なのか」


 屋上の風と、彼の真剣な顔が、また勝手にフラッシュバックする。……鬱陶しい。


「でも、『君のことをもっと知りたい』『俺のことも知ってほしい』って……え、なんか良くない? そういうの、ちゃんと口に出せるの、結構すごいと思うけど」


 桜が感心したように言う。


(少女漫画の読みすぎ)


 内心で毒づく。あんなクサい台詞、よく真顔で言えたものだ。


「それで、澄香はどう思ったわけ? 友達ならいいって受け入れたってことは……ちょっとは、気になったんじゃないの?」


 沙織が核心を突いてくる。ぐっ、と言葉に詰まる。桜も「ねえねえ、どうなのー!」と囃し立てる。二人の視線が集中して、まるで尋問だ。


「……別に! 興味なんてない。ただ……テストの点数で勝手にライバル視してただけだし。まあ、確かにどんな人なのか、少しは知ってもいいかと思っただけ。それ以上でも、それ以下でもないから。勘違いしないで」


 早口でまくし立てる。ライバルだった相手に、いきなり恋愛対象として見られるなんて、気味が悪いだけだ。……そう、気味が悪いだけ。それ以外に、何もない。


「なるほどねぇ。澄香も、ついに意識し始めた、と」


 沙織が面白そうに言う。


「……してない。でも……まあ、存在を無視できなくなったのは、事実かも。……不本意だけど」


 言いながら、自分の言葉に苛立つ。なんでこんな、言い訳がましい言い方しかできないんだ。


「ふふ。あの孤高の首席様をライバル視してた澄香が、今度はその本人から好かれてるんだもんね。気にならない方がおかしいわよ」


 沙織の言葉が、妙に胸に刺さる。


「ていうかさ、二宮くんって、なんか大人びてるよね?」


 桜が話題を変える。確かに、同級生とは思えない落ち着きがある。……まあ、それが鼻につくんだけど。


「ああ、それはね」沙織がこともなげに言う。「彼、一人暮らしなのよ。ご両親が海外赴任で」


「え? 一人暮らし?」


 思わず声が出た。桜も驚いている。


 平静を装って聞き流す。内心では、少し驚いていたけれど。一人暮らし……それで、あの妙な落ち着きがあるのか。


「……沙織、よく知ってるね」


 私が尋ねると、沙織は悪戯っぽく笑った。


「実はね、私と怜央……、幼馴染みなの」


「「はあっ!?」」


 今度こそ、本当に驚いて、声が裏返った。桜も目を丸くしている。幼馴染? この二人が?


「小学校の頃、家が隣でね。まあ、中学からは離れて会ってたのは時々だったんだけど。高校で再会した時はびっくりしたわ」


 沙織が懐かしそうに言う。


「……ふーん」


 興味ない、という態度を貫く。でも、頭の中は混乱していた。


 幼馴染……だから、沙織は彼のことを「怜央」って呼ぶのか。なんだか、知らないところで繋がっていた事実に、妙な敗北感を覚える。なんで私が?


「まあ、昔話は置いといて。本題は澄香よ」


 沙織が話を戻す。


「普段なら、告白なんて門前払いでしょ? なのに、今回は『友達』とはいえ、受け入れた。その違いは何なの? 正直に言いなさい」


 沙織の、静かだが有無を言わせない視線。核心を突かれて、言葉に詰まる。なぜ断らなかったのか。あの時の彼の、何に心を動かされたのか。……わからない。わかりたくない。


 私が黙り込むと、桜が「ひゃー!」と奇声をあげてをパンっと叩いた。


「これは……ついに澄香にも春到来!? 初恋、始まっちゃう!?」


「は!? ありえないから! 気色悪いこと言わないで!」


 反射的に、全力で否定する。顔がカッと熱くなるのがわかる。違う、絶対に違う。あんな男に、私が、恋なんて……!


「でもでもー! 断らなかったのは事実じゃん! 絶対意識してるって!」


 桜が楽しそうにからかってくる。もう、本当にうるさい!


「あはは、ごめんごめん。でも、澄香のそういう話、珍しいから、ついね」


 沙織が笑ってフォローするが、その目も完全に面白がっている。


「……今はまだ、『友達』ってだけ。それ以上でも、それ以下でもない。これからどうなるかなんて、知らない」


 吐き捨てるように言う。


「あら、じゃあデートの予定とかは?」


 沙織がわざとらしく聞いてくる。


「っ、そんなのまだするわけないでしょ!」


「『まだ』、ねぇ」


「うるさい……! 勝手に言ってれば。……最悪」


 頭を抱えたくなる。なんで私がこんな目に。全部、あの男のせいだ。告白なんてしてくるから。私のペースを乱さないでほしい。


「ふふ。でも、案外、悪くないかもしれないわよ? 恋って、色々あるから」


 沙織が意味深に微笑む。


(色々って、何よ……)


 恋愛なんて、面倒なだけだ。勉強の邪魔になるだけ。そう思っていたはずなのに。


「……まあ、でもテスト近いから。あんまり浮かれてる暇ないか」


 沙織が、釘を刺すように言う。


「当たり前でしょ。彼に負けるわけにはいかないんだから。そこは絶対」


 自分に言い聞かせるように、強く言う。そうだ、まずはライバルとして、叩きのめさないと。


 ちらりと二人を見ると、やっぱり、どこか面白そうな顔をしている。……本当に、腹が立つ。でも、こうやって話を聞いてくれる相手がいるのは……まあ、少しだけ、マシなのかもしれない。


「よーし! じゃあ、今後の展開、楽しみにしてるから! 応援してる!」


 桜が拳を握る。何を応援する気なんだか。


「私も、何かあったら相談に乗るわよ。怜央の好きなものとか、教えてあげてもいいし?」


 沙織がクスリと笑う。


(別に、知りたくないけど……)


 そう思いつつ、「……別に、いらない」とだけ答えた。


「……でも、まあ……ありがとう」


 ぽつりと漏れた言葉に、二人は一瞬驚いた顔をして、それから「素直じゃないんだから」と笑った。うるさい。


 昼休みは、あっという間に過ぎていく。胸の中は、まだざわざわと落ち着かない。


 ――あの、真っ直ぐな瞳。「好きだ」という、馬鹿正直な言葉。


 思い出すだけで、また顔が熱くなる。なんで、こんなに意識してしまうんだろう。


(……馬鹿みたい)


 頭を振って、弁当箱の蓋を閉じる。


 友達として。……始まってしまった、面倒な関係。


 ライバルのはずだった、二宮怜央。これから、どうなるのか。


 ほんの少しだけ、ほんの少しだけ、胸が高鳴っているような気がして、たまらなく嫌になる。


(期待なんて、してない。絶対に)


 昼休み終了のチャイムが鳴る。私たちは席を立ち、午後の授業へと向かった。


 次に彼と顔を合わせた時、私はちゃんと、いつも通りでいられるだろうか。


 そんな不安を抱えながら、廊下を歩く。


(……本当に、最悪)

評価やブクマをしていただけますと大変嬉しいです。

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