センティネル
幼馴染を護るため、男は反社勢力と対峙した。
メバチマグロの刺身をつまんでいると、
「丈士、ちょっと飲みなよ」と美和子が不服そうな顔をした。
「お茶でいい。どれも美味いよ」と私は、桜えびと秋野菜のかき揚げに手を伸ばした。
美和子はヘネシーの水割りを飲んでいる。ふくれっ面だ。
「つまんない。それに、さっきから気になるんだけど、臭いんだよね。焦げ臭いってゆうか…」
「そりゃ悪いな。仕事が立て込んで風呂に入る暇がなかった」私は詫びた。
しばらく絡まれた。
そのうち、男の話になった。酔った美和子はきまぐれになる。
「いい人に会えたんだ」と美和子が言い出した。「あたしを大事にしてくれるの」
LINEの着信履歴を見せつけてくる。
「リョウ君っていう…」
「XtCってホストクラブのナンバーワンだろ」
美和子の表情がみるみる険しくなった。「ちょっと丈士!いまさらストーカー?」
「違う。組織とカネが動いてる。俺でもちょっと調べりゃ分かる」
私は咀嚼を続けた。
美和子が勤めるキャバクラ、そのスカウト、XtCというホストクラブ、いずれも同じ系列企業だ。
「ケツモチも同じ組だ。だが、リョウってホスト野郎は、別のプロダクションのスカウトも兼ねてる。要するにAVのスカウトだ」
ホストクラブでの売掛が溜まれば、追い込みをかけ、AVへの出演交渉に入る。
「リョウって野郎に惚れるのは勝手だが、カネの無駄使いはやめろ。キャバだって学費稼ぎのはずだろ?」
美和子は私立のK大学に通っている。“現役K大生”に価値があるようだ。AV出演の契約金は1億円の予定と聞いたが、それは黙っておいた。
「明日はレポートを書くんだろ?もう帰ろう。ホストクラブも行くな。反社の食い物にされかけてんだぞ?」
私は怒り狂う美和子を近くに駐車したキャラバンに放り込んだ。
私に怒るのは筋違いだが、酔っているので仕方あるまい。
「家まで送ってやる」と声をかけてスライドドアを閉じた。いつものように、眠り込むだろう。
不穏な空気に振り返った。
スーツ姿の男が3人。
組の者が来やがった。
私が酒を飲まないのは、車の運転だけが理由ではない。
「美和子から手を引いてくれ」私は口火を切った。
「AVの話はなくなった。聞いてないか?どっちにしたって、美和子は性格が悪いし、ガリガリだし、肌がガサガサで裸にしたって売れない。損するだけだからやめとけ」
まっとうに大学を卒業させて、まっとうな会社に就職させる。それが私の生きる意味だ。
真ん中の男が口を開いた。
「さっき社長から聞いたよ。完全にビビってる。カチコミかけたのオマエだろ?」
確かにAVプロダクションの社長の自宅に火炎瓶を投げ込んで、9ミリパラ弾を3発撃ち込んだ。
「俺じゃない。だが、こいつを見てくれ」
私はジーンズの背中側に突っ込んだブローニング・ハイパワーを取り出した。
「こいつを弾くと結構な音がする。美和子、寝てるから起こしたくないんだ。俺と美和子は二人で兄妹みたいに支え合ってきたんだ。そっとしといてくれ。頼む」
男たちは闇に吸い込まれるように姿を消した。