ある男のジョブ日記
その男、血だらけにつき
草木も眠る丑三つ時、とはならないこのコンビニ。
地方都市とはいえ深夜にも関わらず来店する客は比較的多い。
くたびれたサラリーマン、まだ髪が乾ききっていない風俗嬢、ストリート系のファッションに身を包んだ未成年、異臭を放つホームレス。
毎日来るものから月に一度だけ来るものまで様々だ。
今日もまた一人、その自動ドアをくぐり来店する。
「いらっしゃいませー」
彼の声は近くで聞くと大きいのだが何故か少し離れると途端に小さく聞こえる。まるで彼の目の前で言葉が急降下しているようだった。
来店を知らせるチャイムを聞き、彼は反射的に挨拶をするが客がいるであろう方向に目をやり絶句する。
ここは繁華街に近いこともあり様々なタイプの客が来る。そのため多少、変わった客が来ても動じることはあまりないが流石に頭から血を滴らせて来店されると言葉を失う。
「すみません、包帯とかあります?」
「ああ、こちらにあります。」
異様な状況の中、彼はあまりにも普通に応えてしまう。こういったことも条件反射と言えるのかは分からないが職業的ななにかなのかもしれない。
「あとタオルなんかあると助かりますが・・・。出来れば拭き取りたいので。」
何を、とは聞かない。聞かないほうがいいように思えたから。包帯を片手に訊ねる客にたいして、店員は少し困ったような表情を浮かべる。この店にはあいにくタオルは置いていない。
「すみません、タオルはちょっと・・・業務用のペーパータオルで宜しければ使います?」
「いいんですか?」
「じゃあ、お持ちします。奥のトイレに手洗い場があるのでよろしければ。」
「助かります。あ、床の血は後で掃除させますので。」
男はそう言うとトイレへ向かいながら携帯電話を取り出して誰かに指示を出している。
「ああ、そうだ。近くにいるやつだけでいい、集めろ。」
物騒な事言ってるな、と思いつつも店員は業務用のペーパータオルを男に差し出し業務に戻る。もちろん、包帯の精算も済ませて。
数分後、数人の男の仲間が現れ男は丁寧にお礼を店員へ伝える。血痕を掃除するよう若い男に指示を出すと店から出ていき駐車場で何やら話し合った後、何処かへと姿を消してしまった。
その後、どうなったのかは店員の知るところではなく、大量に搬入された商品の処理に翻弄され既に彼の意識は業務に向けられる。
店はいつものたたずまいを見せ、次第に客層が変わり始める。それは彼の一日が終わりを迎えていることを告げていた。