第13話 馬車の上の距離は近く
「……怪物伯なんて口さがない名を聞きましたが、魔獣の特性についての知識は十人並みなのね。」
気を悪くしたら申し訳ないのだけれどと前置きはしたけれど、不興を買うかもしれない。でも今は何も話さずにいるのが逆に辛いのだ。
幌のない馬車は貴族が乗るための乗り心地重視の代物ではなく、騎士や衛兵が見回りの際に魔獣を見つけたときすぐさま対応出来るようにした為のもの。
実用性メインなこともあり、またコストの面から振動防止の術式はかけられていない。
……先ほど解析魔法を使用したダメージが残っている私には少々ダメージの大きい代物だ。
普段ならこういった時に馬車に乗るなんて暴挙は侵さないし、実際に私の顔色を見て詰所で待つようにとマルゥや衛兵の人たちには心配された。
でも、今回は百毒舌鳥討伐に向けた準備をするためにどうしても私自身が現場に出向きたかったのだ。
もそりと身動きをすれば、上の方から声が降ってくる。
「……そうだな。魔獣はあくまで討伐するもの。その生態を知ろうとするのは学者の仕事だ。時にその知識を借りることはあれど、自らその生態を調べることはない」
少しでも振動を軽減するためにと、私を抱きかかえてくれているオスカー。
逞しい腕は多少の馬車の揺れなどものともしない。ぬくもりも相俟って、今の私にとってはありがたい代物だ。
「そういうものなのね……。でも、そちらの考えについては少しでも改めた方が良いと思うわ。いかなる魔獣もその魔力の根幹を知れば恐るるに足らず、とも言うでしょう?」
「……どうしても目の前の問題への対処を優先しがちになるところはある。心するようにしよう。貴殿がそういった知識も授けてくれるのならば、な。」
「辺境伯の妻として、すべきことは致しますわ。ところで……」
そこでようやく顔を上げる。こちらを見下ろしている赤褐色の瞳と視線がかち合った。
「領主でもあるあなたが私一人へこんなに拘っていいの?私としては揺れが軽減して助かるけれど、ここはもう魔獣の縄張り区域でしょう?」
この場所の責任者として、魔獣が現れた際には誰よりも先に動くべき人だ。形だけの妻に手をとられる必要などないのではないだろうか。
半ば親切心で尋ねた問いかけには、首を横に振られる。
「問題はない。ここいらに出てくる魔獣への対応は私がおらずとも彼らの頭に連携が叩き込まれている。」
はっきりと言い切るその言葉には領民、自らの衛兵への信頼が透けてみえた。
揺るぎない絆で彼らは結ばれていることをひしひしと感じさせる、力強い声。
「……そう。なら良いのですけれど。万一不足の事態、例えばこの辺りを縄張りにしていない魔獣が出ることだって、あるでしょう?」
だからと言ってそれなら良いわねと、この腕を甘受しても良いものかしら。何より私たちは仮面夫婦だというのに。
素直に頷くことが少しばかりためらわれて半ば意地で唇を尖らせると、それすらも気にした様子はなく首を横に振られる。
「無論、その可能性は完全には否定しきれないが……。だが、心配はいらない」
「……っ!!警戒!百毒舌鳥だ!数は一羽。恐らくはぐれと見受けられる!」
オスカーさまの言葉を打ち消すように鋭い声が前方から聞こえてきた。途端に場の雰囲気が一気に変わる。
ここが魔獣との戦いの前線部隊なのだと否が応でも感じさせる圧に、思わず身を震わせた。
案ずるように私を引き寄せたオスカーは、けれどももう片方の腕を緩く掲げる。
一閃。
その手に握られていた、私の体躯とさほど変わらない大斧を振るう。
鋭い衝撃は斬撃となり、衛兵の合間を吹き抜ける。
その向こう側にいたのだろう。『ギィッッ!!!』と甲高い鳥の叫び声が聞こえてきた。
何よりも驚くべきは、斬撃を飛ばすほどの一撃を振るっておきながら、私を抱き寄せていたその腕はびくともしなかったことだ。
「この領土の魔獣で、私が斃せないものは存在しないからだ。」
「………………。…………みたいね」
今の人離れした腕力と体幹を見れば、否が応でも理解できた。
怪物伯と呼ばれるようになった一因も、もしかしたらこの能力からだろうか。
直接の攻撃ではないためにとどめはさせていなかったのだろう。少し離れたところで追撃をした衛兵が、討伐完了の旨を叫ぶのが耳に入った。
「さて……期せずして、縄張りに向かう前に百毒舌鳥が見つかったわけだな。」
確認を求めるようにこちらを見てくるのに、小さく頷きを返した。
「ええ。……一度馬車を止めていただいてもよろしいでしょうか?百毒舌鳥の討伐にも回避にも使える、便利な魔道具を作成して魅せましょう。」




