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第1話 げに恐ろしき怪物伯

 国民が魔法を操り野に魔獣が跋扈(ばっこ)するこの国、ルーンティナで恐れられているものは三つある。


 一つ。数年前にその内の二柱が目覚め、国の諸領土に被害を与えた四大魔族。

 幸いなことにそのうちの一柱は討伐が果たされ、もう一柱も再封印がなされたという。

 だが残る二柱は未だ封印のうちにあり、いつ目覚めるのかと怯えとともに言葉を交わすものは多い。


 二つ。その四大封印に大きく貢献をしたという魔法騎士団の英雄。

 学院に入学した時からその噂には(いとま)がなく、また噂の大半が事実だとすら言われている。

 魔法のスペシャリストであり精霊の寵愛(ちょうあい)を受ける彼へと向けられるのは羨望と同じだけの畏怖だ。


 そして最後の一つ。────辺境伯の怪物伯。


 怪物のごとく風貌、猛々しき咆哮により近隣の魔獣たちは彼の領土の人を襲うこともなく、時に彼の意を理解したような動作すらする。

 その行いを見れば、本当に人間なのか……或いは、新たなる魔族の誕生に我らは居合わせているのではないかと恐れる領外の民は少なくない。



「まさかそのような恐ろしい方の元にカナンお嬢様が嫁がれることになるなどと……。マルゥは心配です。」


 ガタゴトと天馬車が走る音が聞こえる。(いなな)きと羽ばたきが混ざる中で沈痛な声を出すうら若き女中に私は眉を下げて笑みを返す。

 実家近くの舗装された石畳は遠く、時折振動を感じるくらいには上下のある田舎道。


 本当は天馬たちに飛んでもらえればいいのだろうけれど、たかが一子爵令嬢の嫁入り程度に飛行許可証が出るわけもなく。

 到達までに数日は優にかかるこの道のりを、私は最低限の嫁入り道具にその倍はある私物、そして唯一家から連れていくことが許された従者でもあるマルゥを連れて向かっていた。


「そう悲観することはないわ。マルゥ。私たちはまだその怪物伯さま……オスカーさまについて何も知らないのだもの。案外紳士的なお方かもしれないわ」

「で、ですが。この領土に来る前に噂を聞いて回ったじゃないですか。怪物伯さまの人となりについて」


「毛だらけで恐ろしい風貌に村一番の体格者を優に越す巨体、野獣のごとき低い声で唸りながら大剣を振りかぶる様は、黒狗(ブラックドック)にも負けず劣らずの獰猛さだって!」

「……国を守る辺境伯としては頼もしい限りじゃない。魔獣に小突かれただけで倒れてしまうような輩に比べたらマシよ」


「辺境を守る騎士たちに対しても冷酷で隔絶していて、別の領土の人たちからも評判が悪いですし……!」

「…………領民とした身内のことはことさら大事にしているらしいから、なおのことそう見えるんじゃない?」



「でも!ものすごい悪臭で半径数メートル以内に入ったら気絶しそうになるって!!!」

「…………」


 す、と目をそらした。

 実際そこは最大の不安にして最大の壁だったもので。

 私の動揺を悟ったように、マルゥの瞳に浮かんでいた涙が決壊する。ワンワンと子どものように泣き出した。


「だから後悔するくらいならやめようって言ったんですよ!カナンお嬢様ってば旦那様にいいように言いくるめられてぇ!」

「人聞きが悪いわよ。どちらにしても私が年頃の娘で、家のために婚姻をしなければいけなかったのは事実でしょう。」

「ずっとお見合い話を蹴ってたのはどこのどなたですかぁ……」

「おだまり。私と相性が悪そうな方ばかりを縁談先として持ってきたお父様のせいです。学院時代にはほとんど何もおっしゃっていなかったというのに。」

「そりゃあ、学院時代に誰かと恋愛に落ちてくださるのは旦那様としても悪い話ではなかったからじゃ……。」


 あの頃は何も言われずにやりたいことができていたというのに……。広げた扇子の下でため息をこぼす。


「ともかく、此度の縁談は私としても家としても望ましい条件だと受け入れました。ならばあとは腹をくくるだけ。

 契約結婚でしょうと仮面夫婦でしょうと相手がどれだけ朴念仁の大馬鹿者だとしても、三歩下がって貞淑な夫人になる覚悟は出来ているわよ。」


「……本当ですか?」

「あら、疑うの?私がこうと決めた時の動きの速さと決意の強さはあなたがよく知っているでしょう。」

「それはもう。この世の誰よりも存じ上げているつもりですけれど。……でも、」


 彼女の視線は私の傍ら、生家から持ち出した私物の山へと向けられている。

 そこにあるのは魔術書に魔具機材、素材になりそうな魔獣の素体、素体、魔法石、研究日誌、資料、機材、素体……エトセトラエトセトラ。


 山のように積み重ねられた、私の命よりも大切な研究材料と実験器具たちだ。


「本当に立派で『貞淑な夫人』は研究のために結婚を突っぱねたり、ましてや嫁ぎ先に愛用の研究道具を持ち込んだりはなさらないと思います。」

「……。い、いいでしょう!?あくまで私物ですし、お父さまから許可はいただいているのですから!!」

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