第18話 恐怖! 腐毒の沼穴の正体……!
突然空いた床の大穴。
「イノさんっ!」
セリスさんはとっさに私を突き飛ばそうとして――――
「それじゃあダメ!」
私は逆に彼女に飛びついて、右腕でしっかりと抱きしめた。
「いいいいいイノさん!? こういうのはまだ早いですわ。わたくしたちパートナーと言ってもそういう仲では!」
「落ち着いて。暴れると本当に落ちちゃう」
「ほへ?」
私が声をかけるとセリスさんはようやく事態を飲み込んだのか、足下を見下ろした。
「ほげぇぇ! 床に大穴が! しかもわたくし、宙を浮いてますわ!」
「浮いてるわけじゃなくて、わたしがセリスさんを抱えてるんだけどね」
床一面をうがつ大穴の上、ぶらりと私とセリスさんの足が揺れる。
私は右手でセリスさんを抱きかかえ、左手に持った短剣を壁に突き刺していた。
濡れた石壁は意外と柔らかく、短剣の刃が深々と刺さっている。
……が、さすがに二人分の体重は支えきれない。
しかも運悪く、そこで大きな地鳴りが発生した。
「衝撃に備えて!」
「ひぎぃ!」
私は短剣を手放して両腕でセリスさんを抱えると、地面に着地した。
パシャン! と地面の水溜りから水がはねる。
幸いにもそこまでの高さはなかったようだ。
足が痺れたくらいの衝撃で済んだ。
「またまた助かりましたわ。イノさん、思っていたより力がおありですのね。お風呂で見たときは華奢な体をしてましたのに」
「余計なことは思い出さなくていいの」
私は赤くなりながらセリスさんを下ろす。
荷物運びに使っていた【体力増強】のバフスキルが活きた。
内側の筋肉や肺活量を強化するスキルで見た目が変わらないので、女の子冒険者におすすめです。
「あのタイミングで地鳴りとか。さすがは【七転び八起き】スキルの持ち主」
「不幸というものは身構えてるときにはやってこないもの。いつも不意に訪れるのです」
「セリスさんが言うと重みがあるなぁ」
私は軽口を叩きながらも警戒を続ける。辺りは真っ暗だ。
落下時にランタンは手放した。
周囲を見渡すと遠くの壁際にランタンが落ちているを発見した。
わずかだが明かりはまだ灯っている。
目をこらして周囲の様子を窺うと――
「ギチギチギチギチ!」
すり鉢状になった部屋の壁にダンジョンセンチピードがびっちりと張り付いていた。
地面にはスライムの群れ。そして――
「あれは……バーバリックが持っていたマジックソード!?」
酸性の水たまりに浮かんでいたのはボロボロになったマジックソードだった。
他にも抜け殻となった青い甲冑が放置されている。
カツン――
つま先に何かが当たる。
拾い上げてみると、それは水の減らない水筒だった。
「マジックアイテムがたくさん。それに向こうにはお宝を詰めたバックパックも落ちていますわ」
「おそらくバーバリックのパーティーがトラップに引っかかったんだろうね」
私たちはバーバリックたちがダンジョンに向かってから、数時間ほど遅れて中に入った。
昨日今日での弾丸ツアーだ。準備に時間が必要だったのもある。
先を越されるのは覚悟の上で、バーバリックたちを見送ったのだが……。
「バーバリックの姿は見当たらない。おそらくもう……」
大穴の先にあったのは、ダンジョンセンチピードとスライムの群れ。
遺体は奥の巣穴に運ばれていったのかもしれない。
「ここがこのダンジョンのコアな部分だ」
私は努めて冷静に状況を分析して、暗闇の向こうを凝視する。
薄れゆくランタンの明かりの向こうに見え隠れするのは、他よりひと回り大きな真っ赤なダンジョンセンチピードだった。
「ギシャアアアア!」
「ぴぎぃぃ! ななななんですのアレ! でっけぇムカデがさらに大きく凶暴になってますわ!」
「【デモンピード】だ。ムカデ連中の親玉、上位クラスのモンスターだよ」
デモンピードはムカデ型モンスターの王様だ。群れを統率してダンジョンの奥地で餌が運ばれてくるのを待っている。
知能も高くて自ら巣穴を掘り、獲物を罠にしかけて食べる習性もある。
「上にあるトラップはデモンピードの巣穴に落とすためのものだったんだ」
冒険者がお宝に目がないことも知っていたんだろう。
だから、これ見よがしな罠を仕掛けてエサが近づくのを待っていた。
愚かな冒険者が確実に落とし穴の上を通り過ぎるように。
デモンピードの恐ろしさは高い知能だけではない。
厄介なことに地脈から魔力を吸い上げて――
プシュゥゥゥ!
百足の腹部にある気孔から紫色の煙が吐き出される。
「マスクで顔を防いで! 毒だ!」
ピンチですわ! おおおおおちけつっ。
ここから最後まで一気に一日3話更新ですわ~!
ここまでお読みいただきありがとうございます。読者さまの☆やブックマーク創作の後押しになりますわ。少しでも面白い、先が気になると思われたら、応援よろしくお願いいたします。