第14話 戦士の休息(お風呂シーンです)
その日の夜。私はセリスさんに誘われてお屋敷の大浴場を利用した。
広々とした浴室で、数十人が一度に入っても余裕がある。
当然、入浴時には裸だ。私とセリスさんしかいないので気にすることはない。
明日の早朝からダンジョン攻略開始だ。
いまは鋭気を養うべき時間なのだが……。
「どうしてあんなこと言ったんだろう……」
私は湯船に浸かりながら、鬱々と自省する。
そんな私に裸のセリスさんが微笑みかけてきた。
「あれくらい言って当然ですわ。あのバーバリアンとかいうお方、事あるごとにイノさんをバカにして!」
「バーバリアンじゃなくて、バーバリックね」
「どちらでもいいですわ。お猿さん、あの方はこれからお猿さんと呼びます」
最悪の第一印象からして、セリスさんはバーバリックが嫌いになったのだろう。
口をとがらせて文句を言っている。
「ありがとうセリスさん。私をかばってくれて」
「かばうだなんてそんな。わたくしは事実を述べたまでのこと」
「それを素直に受け入れられるほど、私は面の皮が厚くないんだよなぁ……」
私は湯船に顔まで浸かって、ぶくぶくと泡を立てる。
それからすぐに息苦しくなって顔を上げた。
「ぷはっ! お湯で潜水ごっこは無理か」
「プークスクスッ。イノさんったらお子様のようなことしますのね。普段は大人びた物言いばかりですのに」
「その笑い方はどうかと思うけど……。ま、私なんてまだまだ子供だよ」
私は肩を伸ばして一息つく。
「人前では大人であろうと努めてるけど、皮を一枚剥いだらこんなもん。自分に自信がない、ただの地図オタクの子供だよ。ケンカをふっかけられて思わず買っちゃうほどにね。幻滅した?」
「そんなことありません。そういうところも含めてイノさんはイノさんでしょう? むしろ余計に好きになりましたわ」
「あはは。セリスさんはストレートだね」
だけど、元気を貰える。
人の好意を素直に受け取るのも悪くないものだ。
お湯が気持ちいいと本音がポロリとこぼれる。
「ひとつ質問をよろしくて?」
「なぁに?」
「なぜお猿さんの勝負をお受けになったのですか? イノさんには何の得もないでしょう」
「やっぱり気にしてたか」
セリスさんは意外と鋭いんだよな。
私は苦笑を浮かべて、湯船に映る自分の顔を見つめた。
「セリスさんのため……と言えば美しくまとまるところだけど、本音を言えば自分のためなんだよ」
「自分のため?」
「セリスさんと自分の境遇を重ねてね。セリスさんの味方になろうと思ったの」
私は語った。冒険者に憧れて村から飛び出した過去を。
【万歩計】スキルをどうにか役立てようとして、マッパーになったことを。
何度も挫折したことを……。
「ゼロノアさんもバーバリックもスキルがすべて! ってタイプだったでしょ? だから、カチンってきちゃって。私もセリスさんも頑張ってる。その努力を認めろって叫びたかったんだ」
「そうでしたの……」
「私はああいうとき黙っちゃうから、セリスさんが暴れてくれて清々した。だから応援しようと思ったんだ」
「それで、わたくしの旅を認めろと仰ったんですね」
「勝負を受けた理由の半分は私怨もあったから迷惑代としてね。バーバリックには私も思うところがあって」
「そこは素直になっていいと思いますわよ。今なら誰も聞いていません」
「え? そうかな……。じゃあ、お言葉に甘えて」
私はためらいながらも声を大にして叫んだ。
「バーバリックのアホーーー! 誰が根暗のオタクじゃボケぇぇ! こっちとらマップ一本で喰ってるんだぞ! 脳筋のおまえよりすごいんだーーー!」
「その意気ですわ!」
セリスさんはそこで湯船から立ち上がり、口に手を添えて叫んだ。
「お父様のわからず屋ーーー! わたくしはお人形じゃありませんのよ! 冒険者として成功して、生まれも育ちも関係ないことを証明してみせますわ!」
「それが冒険に出た理由?」
「ええ。だって悔しいでしょう。ダメスキルを持って生まれたからおまえは家から一歩も出るな、なんて言われたら。ですから勘当覚悟で冒険者になってやったんですわ」
「偉い! 冒険者に大事なのは一歩踏み出す勇気だよ。セリスさんはもう立派な冒険者だね」
「おーほっほっほ。それほどでもありますわーーー!」
私がはやし立てると、セリスさんは仁王立ちで高笑い。
たぶん家中に声が響いてるんだろうな。けどもう遅い。
「というわけで、明日はわたくしもついていきますので。ダメと仰っても無駄ですよ。わたくしの冒険者魂は止まらねぇですの」
「ダメだなんて言わないよ。一緒じゃないと困る」
私はそこでセリスさんの顔を見つめて言った。
「だって私たち、パートナーなんだから」
「イノさん……」
「回復ポーションは使い切りだからね。【治癒】が使えるプリーストがいると大助かりだ」
「まあ! 人を便利アイテムみたいに」
「間違ってゴブリンを回復しないでね」
「そんなことしませんわ! イノさんの意地悪!」
顔を真っ赤にしてパシャリ、とお湯をかけてくるセリスさん。
動いた反動で大きなおっぱいが揺れて、女ながらに眼福だった。
「お、やったな~!」
私は笑いながらお返しにとお湯をかけまくった。
私の胸は…………まあ、それなりに揺れたとだけ言っておこう。
戦士の休息でした。次回はいよいよダンジョン攻略。まずはバーバリック側の視点です。
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