第13話 元リーダーへの因縁返し
「どうだいお嬢様、オレを雇わねぇか?」
ゼロノアさんの執務室にて、バーバリックがセリスさんに詰め寄る。
親子げんかに口出すつもりはなかったが、バーバリックが出てくるなら私も動かざるをえない。
私は前に出てバーバリックを睨みつけた。
「急に出てきて、どういうつもり?」
「ゼロノアの旦那はこう言っている。名前も聞いたことのない無能冒険者ごときに娘は任せられないってな」
「わ、私はなにもそこまで……」
「まあまあいいんだよ。わかってる。お嬢様のツレだからって遠慮してるんだろ? けど、こういう勘違い女にはガツンと言ってやらないとな!」
バーバリックはそこで私を睨み返してくる。
「てめぇは落書きしか能のないオタクだろ? 強いマジックアイテムのひとつも持ってねぇお荷物だ。三度もパーティーを追い出されてる問題児でもある」
「最後のはあなたが一方的に追放したんでしょ」
「そうだっけか? 忘れちまったな!」
バーバリックはガハハと笑うと、ゼロノアさんの方に向き直った。
「オレならお嬢様を護ってやれます。なんせゴールドライセンス持ちの最強冒険者だ。何の心配もいらねぇ」
バーバリックはそう言うと、今度はセリスさんに語りかけた。
「お嬢様もオレを頼りなって。そうすりゃ冒険ごっこの続きができるぜ。何なら一生そばにいてやってもいい」
バーバリックの提案にセリスさんは……。
「お口がくせぇですわ。それ以上顔を近づけないでくださいまし」
「なっ!?」
「わたくしの生き方はわたくしで決めます。パートナーもすでに決めておりますの。イノさん以外にありえませんわ」
セリスさんはそこで逆にバーバリックを睨み付けた。
「よくもまあイノさんの悪口ばかり並べてくださいましたね。あなたは何もわかっていません。イノさんこそが最強の冒険者ですわ!」
「ほぉ……? こいつのどこを見てそう思うんだ」
「すべてです!」
セリスさんはグッと拳を握りしめて叫ぶ。
「わたくしはイノさんに命を救われました。自らの命を顧みず他者を護ろうとする気高き志は、まさに勇者の証。イノさんの言動は慈愛にあふれ、その考え方は理性的で思慮深い。自らを大きく見せることもなく、謙虚で可愛らしいところも素敵ですの。どこぞのお口くさいお猿さんとは大違いですわ」
「せ、セリスさん。褒めてくれるのは嬉しいけどそれくらいで……」
まさかここまで持ち上げてくれるとは。売り言葉に買い言葉なんだろうが恥ずかしい。
「はははは! こいつはいい。傑作だ。イノが勇者? とんだ勘違いお嬢様だぜ!」
よほどツボに入ったのか、バーバリックは大声で笑い声をあげる。
「いいぜ。それなら証明してみせろよ。イノがオレより優れてるってところをな」
バーバリックはそこで懐から羊皮紙を取り出す。
あれには見覚えがある。私をパーティーから追放した原因となった魔法の地図だ。
「明日、オレは【腐毒の沼穴】を攻略することになってる。ゼロノアの旦那もダンジョンに眠るお宝が欲しいみたいでな。手を組むことになったんだ」
「それがいったい、イノさんとどう関係するんですの?」
セリスさんの疑問に私が答える。ため息まじりに。
「どちらが先にお宝を見つけるか勝負しろって言うんでしょ」
「そういうこった。オレさま自慢のマジックアイテムで、イノ……てめぇの鼻を明かしてやるよ」
「そんな勝手に困ります!」
勝手に話が進んでしまい、ゼロノアさんが悲鳴に似た叫び声をあげた。
「確かに私は【腐毒の沼穴】に眠る骨董品を手に入れるため、バーバリックさんに探索依頼を出しました。報酬として探索中に発見したマジックアイテムはあなたに差し上げます。ですが、それと娘の件は関係ないでしょう」
「それがもう関係あるんだなぁ。オレ、お嬢様気にいっちまった。胸がでけぇところがいい」
「なっ!?」
「ここで暴れてもいいんだぜ。そんときは家のお宝と一緒にお嬢様もいただいていく」
「むちゃくちゃだ!」
「そうならねぇようにオレの言うことを聞けってんだよ!」
バーバリックは場を支配しようと、ドン! とテーブルを叩く。
「なぁに安心しな。オレが勝ってもお嬢様には手を出さねぇ。オレとイノの勝負を邪魔しなければいいんだよ。お嬢様もてめぇで吐いたツバを飲み込んだりしねぇよな?」
「当然ですわ。ですが……」
セリスさんはチラリと私の顔色をうかがう。
私は一方的に巻き込まれたかたちだ。私が話に乗る理由はない。
私が勝てば私の優秀さが証明される。
バーバリックが勝てば私は無能の烙印を押されてお役御免。
けれど、それだけの話だ。
私に得はなく、これといったペナルティはない。
ギルドに戻ってコンダクターとしての仕事を続ければいいだけの話。
なのだが……。
「わかった。バーバリック、あなたと勝負する」
私は一歩前に出てそう宣言した。それからゼロノアさんに語りかける。
「ただし、ひとつ条件が。私が勝ったらセリスさんの夢の邪魔はしないでください」
「ふむ……」
「私がバーバリックに勝てば、ゴールドクラスの冒険者より優れている証明になります。自分で言うのもなんですが、お嬢さんを預けるにこれ以上ふさわしい人間はいないのではないでしょうか?」
「カーミラの後ろ盾もある……か」
「はい。私自身はどこの馬の骨ともわからない、ただのギルド職員に過ぎません。持っているユニークスキルも地味なものです、ゼロノアさんが私を信じられないのも当然です」
私は無意識にセリスさんの手を握っていた。
「ですので、バーバリックとの勝負を通じて私の実力を……私を認めてくれたセリスさんの目が確かなことを証明してみせます!」
「イノさん……」
セリスさんが手を握り返してくれる。
あそこまで言われたからにはセリスさんを勝たせたい。私自身も勝ちたい。
いつも伏せがちだった顔を上げて、私はゼロノアさんを正面から見つめ続けた。
「わかりました。条件を呑みましょう」
「ありがとうございます」
「話は決まりだな!」
バーバリックは空気を読まずに大声で叫ぶと、意気揚々と出口に向かう。
「んじゃ、ゼロノアの旦那。冒険者の手配はよろしくな。金に物を言わせて腕利き連中をそろえてくれよ」
「わかっています。契約は契約ですからな」
去り際、バーバリックは手にしていた魔法の地図を私に見せびらかしてきた。
「せいぜい頑張るこったな、オタクちゃん。出発は明日だ。準備も大変だろう。だが、オレにはこいつがある。最速最短でお宝をゲットしてやるぜ」
「…………」
バーバリックの嫌みに対して私は無言を貫く。
けれど、最後の最後で口を開いてしまった。
「ひとつ聞かせて。ゴライアスくんや他のパティーメンバーはどこにいったの?」
「そ、それは……」
「その様子だと愛想を尽かされたんでしょ。まあそうなるよね。うんうん、わかってた。だからゼロノアさんと手を組む必要があったんだ。クエストをまともに受けられないとお金に困る。お金がないと冒険者も雇えない」
「おまっ」
「まあ即席の日雇いパーティーでせいぜい頑張ることだね、最強冒険者のバーバリックちゃん?」
「てめぇ……! 暗がりには気をつけるこったな!」
バーバリックはいらだった様子で扉を開けて、そのまま部屋を出て行った。
「どうしてこうなったんだ……」
今になって人選をミスったと悟ったのだろう。
ゼロノアさんは悲痛な表情で頭を抱えていた。
次回、お風呂回ですわ。
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