7.さよなら病院生活
リノリウムの床に真っ白な壁、この景色とも明日でお別れになる。少し前に担当の医師から退院OKのお許しが出たのだ。飛び跳ねて喜びたいくらいの吉報だ。だがこの件を雛さんにまだ伝えていない。というか伝えられないのだ。退院はすなわち、雛さんとの別れを意味する。どんな顔をして雛さんに報告すればいいのかが分からない。雛さんのことだから、「おめでとう」とか言って退院を素直に喜んでくれるだろう。だけど雛さんは本当に喜んでくれているのか? 僕と雛さんは数か月を共に過ごした仲だ。雛さんも僕との別れは悲しいはずっ!!
って僕は何を考えているんだ!!
このような葛藤をヘタレ思考回路で何度もrunさせている。当然何度runさせても結果に変化はない。ヘタレなのだから!
エリカの花の写真をぼーっと見つめていた雛さんから声がかかる。
「やけに悩んでそうだけど、なんかあったの?」
やば、顔に出てたか!?
「い、いや、大丈夫ですよ」
「ははーん、さてはお姉さんを騙そうとしているな?」
雛さんがあのポーズをとる。
「そんなことないですよー」
反射的に否定する。
「何か悩んでるんだったら相談に乗るよ」
雛さんは心配そうな顔で僕を見ていた。優しい声が心に染みる。
言うなら今しかない! なぜかは分からないが、何となくそう感じた。
「実は僕、明日でここを退院するんです。先日担当の医師から伝えられまして、それから雛さんに伝える機会がなかなか来なくて…」
機会はいくらでもあった。ヘタレを隠そうと嘘をついたのだ。
「えー! ゆいとくん退院するんだ。おめでとう!」
「ありがとうございます」
予想通りの反応だった。素直に喜んでくれたことはとても嬉しい。けど雛さんが喜ぶ顔を見ると不安にもなってしまう。
「悩んでたことってこのこと? 全然悩むことじゃないじゃん」
「違うんです」
「ん?」
「確かに退院できることはすごく嬉しいです。飛び跳ねて喜びたいくらいです。けど退院するってことは雛さんにもう会えなくなるってことでもあるんです。僕はそれが嫌なだけで…」
「分かってたよ。私もゆいとくんとお別れになるのは寂しい。でもいつかそんな日が来るんだろうなって覚悟はしてた」
「雛さん…」
「それでも、やっぱりゆいとくんとお話できなくなるのは嫌だなぁ」
雛さんの瞳からボロボロと涙がこぼれていた。やっぱり雛さんも嫌だったんだ。その感情を押し殺して、退院という吉報を素直に喜ぼうとしてくれていたんだ。
だめだ、押しとどめていたものが一気にあふれ出す。僕も雛さんにつられて同じように涙をこぼした。
僕と雛さんが泣き始めて、途中から話どころではなくなってしまった。
少し落ち着いた頃、僕はある名案を思い付いた。冷静になって考えてみれば名案なんてそんなものではない。けど雛さんとこれからも一緒にいる方法はこれしかない。
「雛さん、ちょっと話いいですか?」
翌日、ついに退院の日だ。天気は快晴。小鳥のさえずりが心地よい、絶好の退院日和だ。
昨夜、雛さんに僕の家に住まないかと尋ねた。家には両親がいるが、雛さんは僕以外の人からは見えない。さらに一部屋だけ空き部屋がある。それを良いことに空き部屋に住んでもらおうという魂胆なのだ。かなり無茶な内容だった名案に雛さんはひとつ返事で答えた。
「雛さん、準備できましたか?」
「うん。私はもう準備万端だよ」
「さあ行きましょうか、病院の外の世界へ」
こうして僕の入院生活は幕を閉じた。
あ、違うか。
こうして僕と雛さんの入院生活は幕を閉じた。
ー第1章 完ー
遂に第1章を書き終えることができました!
ここでは作品の細かな設定や小ネタ等の紹介をしたいと思います。
☆登場人物の名前
登場人物の名前をストーリーと関連を持たせていました。
・佐倉 雛
桜の花言葉:私を忘れないで
ヒナゲシの花言葉:別れの悲しみ
ヒナギク(白)の花言葉:無邪気
→これらの意味を込めて、佐倉 雛 という名前にしました。
・大浦 唯人
ゆいとくんには特に意味はありません。
一応由来はありますが、大した内容ではないので…また特典を書く機会があれば!
☆病室に飾られていたエリカ
エリカの花言葉:孤独、寂しさ
『1.始まる病院生活』、『7.さよなら病院生活』でエリカの描写がありました。1.ではこれまでの雛の心境、7.では7.のエピソードでの雛の心境を暗示していました。
実はこれ以外にも意図がありまして...
『1.始まる病院生活』では、淡いピンク色のエリカという描写をしていました。淡いピンク色のエリカとは、ジャノメエリカという種類のエリカのことを指していました。
ジャノメエリカの花言葉:幸運、希望
雛の唯人に出会ったことにより生まれた新たな希望、これまで誰にも認識されなかった雛が唯人という一筋の希望、等の意味を込めていました。
☆ははーん
「ははーん さては 火属性だな。」の一部フレーズを『7.さよなら病院生活』で使っていました(ふざけてごめんなさい!)。
以上、最後まで読んでいただきありがとうございました。この先も引き続き、唯人と雛の紡ぐ物語を楽しんでくださいね!