6.あの日常を
「雛…さん?」
雛さんがゆっくりとこちらに振り返る。僕の存在に気づき、慌てて目線をそらし、俯いた。
「雛さん、どこに行っていたんですか? 探しましたよ」
「ごめん。ゆいとくん。私、ちょっとひとりになりたかったんだ。でもありがとうね。私のことを探してくれて」
雛さんは俯いた顔を上げ、ただ何もない用具倉庫の壁を見つめる。
「他のひとにいくら話しかけても無視されるし、その場にいてもいない者として扱われる。私、他の人からは認知されていないみたいなんだ」
「雛さんが居なくなったときから薄々感づいていました」
「そっか。私、どうやら幽霊みたいなんだ」
雛さんは小さくため息をつき、仰向いた。
「このことをゆいとくんにだけはバレたくなかったな」
瞳には溢れんばかりの涙が溜まっていた。
「ゆいとくんが初めて話かけてくれたとき、すごくうれしかった。初めて私を認知してくれる人に出会えた。初めて話ができる人に出会えた。それから話ていくうちに仲良くなれた」
「雛さん…」
「ゆいとくんは私をただ一人の女の子として扱ってくれる唯一の友達。そんな大切な人に幽霊だなんて知られたくなかったよ」
その双眸から宝石のような涙がボロボロと零れ落ちた。
僕は雛さんの手をとり、ぎゅっと握りしめる。
「今の僕には雛さんが見えています。触れられます。こうして話もできます」
「雛さんは幽霊なのかもしれません。でも僕にとっては雛さんは雛さんなんです。優しくて、可愛くて、ちょっぴり能天気なお姉さんなんです」
「私、幽霊なんだよ。気持ち悪くないの?」
「気持ち悪くないです。雛さんは雛さんですから」
雛さんは安堵の表情を浮かべ、正面から僕に優しく抱き着いた。
「ゆいとくん。ありがとう」
「いえいえ。これからもよろしくお願いします、雛さん」
「うん。これからもよろしくね、ゆいとくん」
雛さんの顔に少し笑みが戻った気がした。
「さあ、部屋に帰りましょうか」
「うん」
こうして孤独の日々は終わりを迎えた。
「てか能天気は酷くない?」
「そんなことないです」
うん。いつも通りだ。