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有彩色に染まる朝  作者: つむぎ
第1章 不思議な女の子
4/30

4.見えない私

 看護師さんの放った言葉の意味が理解できなかった。ただの文字列として、脳内で何度も看護師さんの言葉が再生させる。


「え、隣のベッドの雛さんと話してますけど」


「この部屋は大浦さんひとりだけのはずですけど。ほら、ネームプレートも大浦さんの名前だけでしょ?」


 看護師さんは病室前のネームプレートを指さす。プレートには確かに『大浦 結人』の名前しかなかった。


 え、どういうことだ?

 僕の隣のベッドには雛さんが、佐倉 雛がいるはずだ。今だって雛さんは部屋にいる。


 僕は部屋に駆け戻り、雛さんの存在を確認する。


「雛さん! 雛さん!」


「うわぁぁぁ! びっくりした。なになに、どうしたの?」


 いつも通りの雛さんがここにいる。


 僕は看護師さんの腕を強引に引っ張り、部屋まで連れて雛さんの存在を確認させる。


「ほら、雛さんはここにいますよ」


「え、誰もいないですよ」


 何をふざけた事を。雛さんはここにいるじゃないか。


「よく見てください」


 看護師さんが首を傾げる。


「ショートカットで、身長は僕より少し低いくらいの女の子がいるでしょ!」


 看護師さんは僕の指さす方向を凝視する。だが答えは一点張りだった。


「誰もいませんけど」


「そんなことあるはず…」


 雛さんのベッドに目を向ける。が...


「雛…さん?」 


 ベッドは閑散としていた。空いた窓から風が吹き込み、部屋を仕切るカーテンがゆらゆらと揺れる。ベッド上に隔てるものが無いからか、カーテンがいつも以上に靡いているように感じた。それが余計に『無』を強調する。そう、今まで居たはずの人がいないのだ。


「あれ、おかしいな。雛さんここにいたんだけどなぁ」


「雛さん、隠れてないで出てきてくださいよ!!」


 しばらく呼びかけても返事はない。窓からの風が吹き止み、オイフォンの音がうるさくなってゆく。


「雛さんベッドの下に隠れてるんじゃないですか?」


 冗談半分でそんなことを口にしながらベッドの下を覗く。だが誰もいない。


「ここじゃないかー。じゃあテレビ台の裏かな?」


 テレビ台の裏にも雛さんはいなかった。


「ハハハ、もう! どこに隠れているんですか?」


 あれ、僕は夢でも見ていたのだろうか。僕が会話していた雛さんは?


 雛さんがこの部屋からいなくなったことなんて、心の中ではすぐに理解できた。だけどそれを認めたくなかった。認めれば看護士さんが言うよう、雛さんの存在を否定してしまう気がした。


 この後も我を忘れて、居もしないはずの場所を何度も探し続けた。



「大浦さん! 大浦さん! 聞こえますか、大浦さん!!」


 はっ!と正気に戻る。

 正面から僕の両肩をがっちりと掴み、前後に揺さぶりながら必死に呼びかけてくれている看護師さんの姿が視界に入ってきた。

 

「大浦さん、大丈夫ですか?」


「あれ、僕は何を…」


 何度も呼びかけてくれていたみたいだが、僕は見向きもしなかったと言う。


「そうだ、雛さんは!」


「大浦さん、とりあえずこの部屋出ましょうか」


 看護師さんは優しく背中に手を回し、ゆっくりと力を入れて部屋の外へ出るよう促す。離れゆく誰もいない部屋を後目に、僕は看護師さんと共に目的もなく廊下の向こうへと歩を進めるのだった。


「雛さん...」

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