7.神の眼と世界の要素
「むぎ、何か方法があるのか?」
「ああ、じゃがあまり現実的な方法とは言えないのじゃ」
既にこの状況が現実的でないのだが。
ええいっ、もうこの際もうなんでも良い。雛さんとむぎと、そして僕の3人がこれまでのように楽しく平和な日常が送れればそれでいいんだ。僕はただこれまでの日常を維持したいだけなんだ!
「現実的じゃなくても良い! むぎ、可能性が少しでもあるなら教えてくれ」
「うん、私も少しでも可能性があるなら教えて欲しい。私たちにできることなら何でもする!」
重く、暗い顔をしたむぎの表情が少し和らいだ。
「そうか、やっぱりお主らはそうよな。むぎの判断は間違ってなかったのじゃ」
むぎは聞こえるか聞こえないくらいの囁くような声で何かを口にした。
「神の観測を乗り越える方法は2つある。まず1つ目は神の眼を破壊する方法じゃ」
物騒なことをするのだろうということは容易に想像できたが、また聞き慣れない言葉がむぎの口から発せられ、僕と雛さんはきょとんとしていた。
「神の眼とはその名の通り、神がこの世界を観測するための眼のことじゃ。神の観測が始まれば、神は眼を使って常にこの世界を観測し続けなければならない。この世界は現在2つの可能性に取り巻かれているのは説明したな。眼で観測している間は可能性が1つに収束するのじゃが、観測を止めた途端に世界は元取り巻かれていた可能性に再度取り巻かれるのじゃ」
「なるほど、そこで神様の目を潰してこの世界を観測できないようにするって訳だな」
むぎは深く頷く。
「んで、どうやって神の眼を潰すんだ?」
「でも本当に神様の眼を潰しちゃっても良いのかな? 私たちだって目が無いと生きていけない訳で、神様だって目を壊されたら困るんじゃないかな。その…神様の逆鱗に触れちゃったりしない?」
「やはり雛は優しいんじゃな。でもその点の心配は要らないのじゃ。眼と言っても雛たちが思ってるような目ではない。幾つもある目の内の1つで、ただ世界を観測するだけの道具に過ぎないのじゃ」
雛さんに安堵の表情が浮かぶ。
「じゃが雛の言う通り、この方法は神の逆鱗に触れる可能性が高い。と言うか寧ろ逆鱗に触れない方がおかしいのじゃ」
神の逆鱗...か、また随分と物騒な言葉が飛んできたな。神の逆鱗と聞いて、『一面真っ黒な空から数多の雷が降り注ぐ』や『前代未聞の大地震で大地に裂け目が...』などといったRPGのラスボス的な存在のヤバい存在を思い浮かべる。
「神の逆鱗に触れれば最悪この世界の可能性すら否定されるやもしれん。そうなってしまっては本末転倒じゃ」
あ、次元が違う。もっとヤバいレベルの話だったわ。
絶望的な表情の僕たちを見て、むぎは表情を緩めて笑顔をこちらに向ける。
「なあに、今の方法はあくまで可能性の話じゃ。最初からこんな方法を取ろうだなんて微塵も思っておらん。重要なのは次に話す方法じゃ」
「もうひとつの方法。それは雛とゆいと、それぞれが互いの世界の要素を得ることじゃ」
むぎが少し表情を硬くして説明モードに入る。
「神の観測では世界を確定させる過程と再構成という過程の2つのフェーズがあるのじゃ。前者はさっき説明した通り。後者の再構成とは、全て世界の可能性に存在する万物から、確定された世界の要素を持つ物質をその世界に再配置するのじゃ」
「前者の過程ではあくまで世界の概念を決定するだけであって、その世界に存在する物質そのものまでを確定している訳ではない。後の再構成の過程でその世界に存在する物質を再度配置し直すのじゃ。おっ、その様子。雛はもう理解したようじゃな」
僕は隣に座る雛さんの方へと顔を向ける。雛さんは小刻みに小さく頷いていた。一見真剣な表情を取り繕っているが、むぎの言う事を理解できたことへの喜びが隠し切れず顔から溢れ出ている。
小刻みに頷く雛さんの顔が止まり、むぎの方へと向き直して口を開く。
「再配置されるのは確定された世界の要素を持つ物質をって言ってたよね。神の観測ではこの世界か元居た私の世界のどちらかが選ばれる。どちらの可能性に転んでも良いように、それで私とゆいとくんがそれぞれの世界の要素を得る必要があるって訳だ」
僕は訳も分からず首を傾げる。
雛さんが僕に補足を加えながら丁寧に説明をしてくれて、やっとのことで事柄の大枠を理解できた。
「ありがとうございます、雛さん。めっちゃ分かりやすかったです」
雛さんは親指を立ててグッドシグナルを送る。
「んでさっきからちょくちょく出てきている世界の要素ってのは何なんだ? あとそれってのはどうやったら手に入るんだ?」
「世界の要素とはその世界を構成する因子であることの証明書のようなもののこと。要は世界の要素を持つとは、「はい、私はこの世界の住人です!」と手を挙げて言っているみたいなものなのじゃ。当然ゆいとは今居るこの世界の要素を持っておるし、雛も雛の元居た世界の要素を持っておる」
むぎは深く深呼吸をし、言葉を続ける。
「そして雛は今居るこの世界の要素も持っているはずじゃ」
「え、それってどういう...」
楽な姿勢を取っていた雛さんが、急に姿勢を正し全身に力を入れる。
「もしかして雛さんはこの世界の住人でもあり、元居た世界の住人でもあるってことなのか?」
「神の視点からはそう見えるだろうな。じゃが実際はそうではない。これには世界の要素を得る方法が深く関わるのじゃ。世界の要素を得る方法、それはその世界になんらかの干渉を起こすことじゃ。雛はこの世界に旅人という形で干渉している。だからこの世界の要素を持っているという訳じゃ」
雛さんは肩の力を抜き、ゆっくりと脱力して楽な姿勢を取る。
「それじゃ後は僕がもう1つの世界の要素を得れば全て解決ってことだな」
むぎは大きく頷く。
「世界のシステムの欠陥を利用してやるのじゃ!」
「大体やるべきことは理解できた。それでむぎさんや、肝心なことを聞いていいか」
「うむ」
「どうやって僕が雛さんの世界に干渉するんだ?」
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