第96話 龍神会
~龍之宮城 後宮 雷龍神社 午前六時~
制服に着替えたその女性徒はパンを咥えながらお堂の中から走って来た。
毎度のことながらだらしない、とお付きの侍従は思いつつ、だが口には出さない。
「姉さま達は?」
「もうご出発になられたご様子です」
「もう? 早いわね、雷電は?」
「真っ先にお出かけになられました」
「はぁ~、馬車で登校なんてめんどくさいわね。私なら一瞬で学園まで行けるんだけど?」
「殿下、恐れ多くも皇室に籍を置く方がそのような破廉恥な真似をしてはなりません」
侍従は今度は小言を口にした。あいまいに肯定でもしようものならせっかちな我が主はすぐ実行してしまうからだ。
「はいはい、わかってるわよ、さ、準備はできたわ、行きましょう」
ミライが龍之宮学園中等部にさて登校しようか、という時、呼び止める者がいた。
「姉上!」
同じ学園の制服を着た男子だ。
「なぁに、龍邦、こんな所まできて。だめでしょ次期皇太子が登校前に。辰徳、あんたが付いてて何やってるの」
「ご、ごめんなさい、姉上。でも兄上が……」
「姉上! 辰徳は関係ありません! 今日こそ私と勝負して下さい!」
「あんた、この間スイ姉さまにコテンパンにやられたらしいじゃん。私になら勝てるとでも思ってるわけ?」
「それはやってみなければわからない!」
「はぁ~、困った子ね……父様に言いつけるわよ」
劉邦とミライのやり取りの最中、ミライ付きの侍従が耳打ちする
「ミライ様、お時間が……」
「……わかってるわ」
ミライは小声で答え、龍邦に向き直る。
「龍邦、この間来火と焔火、他の子も出て行って兄弟達も少なくなってきたわ。仲良くできないでどうするの? 貴方は皆をまとめる立場になる人間なのよ、次期皇太子殿下」
「次期、次期言うのをやめろ! ふんっ、いちいち出て行った者のことなど構ってられるか! 兄弟など、我らが全て死に絶えてもあの父が涼しい顔でいくらでもお増やしになるだろうさ!」
「あんた、父様のことを、そんな……」
「今は父上のことなどどうでも良いわ、さぁ、姉上! 尋常に勝負を!」
「ふぅ~……龍邦、その心意気は買うわ。でも今日はあんたに付き合ってる暇はないの。ごめんね」
「姉上! 逃げるなぁ!」
劉邦が叫んだ瞬間、物凄い轟音と稲光がし、それが収まった時にはもう、彼女の姿はなかった。
残された侍従はやれやれ、とジェスチャーし、龍邦は地団太を踏み、辰徳はオロオロするのだった。
◇◇◇
~龍之宮魔術学園 初等部 二学年 四時限目~
「え~一口に魔術といってもですね、色々と種類がございまして、系統の合っていない魔術を使うことはできません。え~一般的に知られているのは魔人と呼ばれる人種が使う魔術、それとエルフやドワーフといった人種が使用する精霊魔術、人種が使う聖法力、などなどですが我々龍人が行使するのは龍の力、龍力を使う龍術と呼ばれて区別されています。ご存じのように龍術は龍紋の多さなどによって変わってきますし、ご家庭のですね、ご先祖などによって魔術や精霊魔術、なかには聖法力を使える、といった方も過去に存在した記録がございますが、まぁこれはごくごく珍しい事例でして……」
魔術専門の学園になり、クラスは人種別に分かれていてそれぞれの得意とする異能の力を伸ばす教育がされている。
初等部~高等部、大学までのエスカレート式の学園である。
そこに龍一の側室、マリーの双子の娘、エリーとサリーが初等部二年の教室に通っていた。
二人ともすでにマリーの実家である龍乃三条家に養子として籍を置いてあるが現在もお城の後宮で母マリーと暮らし、そこから学園へ通っている。
マリー自身は三条家には愛着もなく、どちらでもいいというスタンスだがエリーとサリーが後宮住まいから離れるのを断固拒否した結果、現在はとりあえず週末だけ龍之宮市南区にある龍乃三条家の屋敷に母マリーと共に泊まりに行っている。
「まったく退屈な授業ですねサリー」
「ええ、私達には程度が低いですわエリー」
「すでに知ってることばかり」
「すでにやったことあることばかり」
待ちに待った終礼の鐘がなり、マリーとエリーは席を立つ。
するとわっと彼女達の周りに人だかりができる。
「エリー様、ここがわからないのでご教授お願いできないでしょうか?」
「サリー様、御覧ください、この魔術本、きっとお気に召すと思います!」
そんな人だかりをエリーとサリーはまたか、と思いつつ丁寧に断りを入れる。
「皆さま、申し訳ございません。私達は用がございます」
「また明日お会いしましょう、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
そう言いさっさと教室を離れる。
目指すは高等部、一年の教室だ。
目当ての教室に行くとそこにも似た様な人だかりが出来ていた。
「うん、わかりやすいねサリー」
「そうだねエリー」
その人だかりの中心にいる人物がエリーとサリーを人垣の隙間から確認する。
「あ、お迎えが来た。それでは皆さん、さようなら」
そう言ってその人物は無表情に輪の中より脱出する。
「お姉様」
「お迎えにあがりました」
「エリー、サリー、別に毎日来なくてもいいんだよ? 私は大丈夫」
「なにをおっしゃいますか、お姉様」
「私たちはいつでもお姉様のお側にまいります」
「私はほら、お城からマリエが付いて来てくれてるし、近衛のナントカ君もいるし」
「そんなお姉さま」
「なにをおっしゃる、お姉さま」
「君たちは君たちのやるべきことに集中した方がいいんじゃないのかな?」
「夜霧お姉さま、お姉さまは私達の愛すべき姉君であります」
「目指すべき先輩であります」
「そして尊敬すべき師でもあります」
「そんなお姉さまの側にいることこそが私達の刺激になり」
「勉強になるのです」
龍神黒竜の娘、夜霧は居室と神社が近いこともあり、幼い頃よりマリーの世話になった。
その後、マリーに双子の娘が生まれたら自分の妹として大層可愛がり、面倒をみた。
おかげで三人は本当に仲がいい。
エリーとサリーが後宮を離れたくない最大の理由が夜霧であるのは明白だった。
故に双子は時間あらば夜霧にくっついて回るのであった。
「お姉さま、本日は……」
「月に一度の……」
「うん、龍神会だね、めんどくさ……」
◇◇◇
~龍之宮学園 初等部 武道場~
「いっぽん! それまで!」
まさに電光石火の面あり、だった
「いやぁ~さすが雷電君、完敗だよ~」
勝負に敗れた相手は面を外しつつ相手を称賛する。
「いえ、それほどでも……」
「いや、いや、すごいよ、負けたよ、さすが”蒼い閃光”!!」
「……先生、自分は今龍術は使っておりません」
「わかってるって! ……それでな、どうだろう? 剣道部の件、考えてくれたかい?」
「……先生、今自分が勝ちましたけど?」
「も~ちろん、もちろん、わかってるって! 確かに勝負に負けたら剣道部に入れ~なんて言っちゃったけどさ、な、籍を置くだけでもいいんだよ、な、今度の、な、今度の大会、あれにな、出てくれるだけでも……」
「考えておきます。今日は姉に呼ばれておりましてこれで失礼します。」
雷電はしつこい教師の勧誘を振り切り、なんとか道場を脱出した。
そんなところを後ろから声をかけられた。
「雷電!」
母違いの兄だ。
思わずため息がでそうなのをぐっとこらえる。
「これはこれは龍邦兄上、いかがされました、初等部までいらっしゃるとは珍しい」
「いや、辰徳に用があってな、武道場にいると聞いた」
「彼なら中でまだ稽古してますよ、では」
雷電はこの兄が苦手だ。
さっさと会話を切り上げて立ち去りたいところだ。
「ちょっと待て、雷電」
「……まだ、なにか?」
「そう、邪険にするな、ミライ姉上のことだ」
「姉上がどうかされましたか?」
「今朝、勝負を挑んだのが、体よく逃げられた、なんとか私と勝負してもらえないだろうか?」
「……それは……ミライ姉に直接言われてはいかがですか?」
「ふん、相手にしてもらえんから聞いたのだ。……まぁいい、呼び止めて悪かったな」
「では、失礼します」
やれやれ、やっとめんどくさい兄が中等部に行って離れられたと思っていたのに、と雷電は思う。
さて、今度はめんどくさい姉達のご機嫌伺いに行かなくてはならない。
◇◇◇
~龍ノ宮城 後宮 集会所 午後四時~
「揃ったかしら? じゃあ始めたいんだけど?」
スイが一同を見渡し宣言する。
「スイ姉さま、関係ないのがいるみたいですけど~」
ミライが挙手をし、議長に意見する。
「スイ姉さま、ミライ姉さまのことはお気になさらず始めてくださいまし」
「私達のことは夜霧お姉さまの付属品、とでも思って頂ければ」
「なにが付属品よ、とっとと出て行きなさいよ!」
「まぁまぁ、ミライ、落ち着いて」
いきりたつミライを夜霧がなだめる。
「夜霧姉さまはなんで落ち着いてるのよ、大体、毎度毎度連れて来ないでよ」
「ミライ姉、その双子に何言っても無駄なのはわかってるだろ。いいから始めよう。時間がもったいない」
雷電もギャーギャーうるさい姉を諭す。
「さすがは雷電兄さま、わかってらっしゃるわね、サリー」
「ええ、そうねエリー。ささ、スイ姉さま、お始めくださいまし」
「エリー、サリー、いつも言ってますが龍神会は龍神の親を持つ子の集まりよ、出来れば遠慮して頂きたいのだけれど……ふぅ、ま、いいわ」
スイは諦めたように議事進行しようとする。
ミライはふくれたままだ。
夜霧は最初から平静で雷電は興味なさそうに本を読んでいる。
そして夜霧の後ろにはエリーとサリーの双子が澄まし顔で控えていた。
「じゃあ、いいわね。本日の議題は……」
今回より新章となります。
最初はそれぞれ龍神の子たちの登場です。
よろしくお願いします。




