第80話 ソアラとクリフ
それから数日がたった頃。
まだ暗いうちから朝食の準備を終えたクリフは二人で住んでる小屋から少し離れたところにいた。
そこにはちょっとづつ用意していた自分の旅の装備が隠されていた。
それを素早く身に着けると彼は小屋とは反対の方向に足を向ける。
一度だけ後ろを振り返るが、また歩き始めるともう二度と振り返ることはなかった。
コアド村、はずれの小屋。
朝早く、そこで五人の男女が旅支度をして馬車の整備をしていた。
「神父さ~ん、忘れ物なぁい?」
「ええ、小屋の中は綺麗になりましたね」
「ふむ。いよいよこの小屋ともお別れかの?」
「フフフ、ガンテツ、目論見が外れたらまたお世話になるかもしれませんよ?」
「や~め~てぇ~よ~ナルセ~。……でも、本当にくるかな? クリフきゅん」
そんなやり取りをしているうちに朝靄も晴れてきたころだった。
彼等の元に旅支度をした少年が現れた。
「や、やぁ、おはよう」
「クリフきゅ~~ん!!」
早速リーネが抱きつく。
他の者も皆、安堵の表情を浮かべる。
グゥーリィー神父は彼の前に出て問う。
「覚悟は決まったかい、クリフ君」
サラサラの髪をリーネにワシャワシャされながらクリフは答える。
「はい、神父様。僕を一緒に連れて行って下さい」
「やったな! クリフ! よく決めた、漢だぜ!」
「小僧、よろしく頼むぞ」
「私は信じてましたよ、少年」
一同がクリフの周りを囲んだときだった。
「とんだ茶番ね」
一同の頭の上、数メートル上空から声がした。
毎日聞いている、聞き覚えのある声
今ここで聞けるはずがないその声の主に心当たりがあるクリフは一瞬で血の気が引き、顔が青ざめる。
皆一斉に見上げるとそこにまだ、ジャージ姿の十代と思わしき少女が空中に浮かんでいた。
「ドワーフに猫族にエルフ……キルエス教にしてはバラエティー豊かね」
無表情に彼女は告げる。
「痛い思いをしたくなければその子を置いて立ち去ってちょうだい」
冒険者たちが少女の言葉に身構える。
神父が代表し挨拶をしようとする。
「これはこれは森の魔女、初めまして、私は……」
神父が言い終わらないうちに彼等の足元が爆発し、土煙が舞う。
「聞こえなかったのかしら? 私はその子を置いて去れ、と言ったのよ?」
土煙が舞っただけで誰もケガはしていない。
リーネがたまらず叫ぶ。
「待って! 待って下さい、魔女様!」
「ネコに用はないの。黙っててくれる?」
少女は左手を一振りする。
するとリーネがたちまち地面に打ち付けられて動けなくなる。
それを見て反射的にナルセが矢を番える動作に入る。
ナルセの動きより早く少女は指をパチンを鳴らすとナルセはそのまま吹っ飛んだ。
「エルフにも用はないわ、他のも邪魔だから伏せててちょうだい」
少女が言うと神父と冒険者たちが皆、地に突っ伏した。
少女はフワリと地面に降り立ち、クリフに声を掛ける。
「さ、もう十分でしょ? 一緒に帰りましょう」
「ソ、ソアラ……僕は……」
クリフはそう言って動かない。
ソアラは一つ大きなため息をつく。
「クリフ、この人たちの目当ては私よ。君じゃないわ。私をおびき出すために君に近づいたの」
クリフはソアラに言われ、リーネを見る。
リーネは力なく首を振る。
「この連中は君に近づくために物を与え、餌付けして言葉巧みに何度も近づき、感情を揺さぶり、遂に連れ出すのに成功した」
ソアラは自身の術でまだ倒れてる神父に近づきしゃがみ込み神父の顔を覗き込む。
「森に引きこもってるウブな少年をたぶらかすのはさぞ楽な仕事だったでしょうね」
「わ、私は……」
「それで、まんまと本命の魔女も出てきてくれたし、万々歳かしら? 知ってる? 私、教会の人間は大っ嫌いなのよ?」
「ま、魔女ソアラ……私と、私達と来てくれませんか……」
神父が絞り出すように言う。
その言葉を聞き、ソアラはもう興味はない、とばかりに立ち上がり、クリフに向く。
「帰りましょう、クリフ」
クリフはソアラに答える。
「僕は、行くよ、ソアラ」
決意を込めた言葉でクリフはソアラに対峙する。
「この人たちと、世界を見て回る」
「クリフ……この人たちはダメよ、あなたのことなんてこれっぽっちも考えてないわ。それにあなたはまだ外にでるには早い」
「でも……」
「クリフきゅんは私らと行くんだ!」
突然リーネが叫ぶ。
「神父様は、あなたが目当てかも、知れないけど、私らは、私は違う!」
「そ、そうです! あなたは保護者のつもりかもしれないけど、少年をいつまで森に閉じ込めておくつもりです!」
リーネとナルセが突っ伏したまま、魔女に向かって叫ぶ。
ソアラは叫ぶ二人をチラリと見てからクリフに向き合う。
そして彼の目を見て彼の覚悟を問う。
「本気でここを出ていくつもり?」
「……ソアラには、色々な事を教わったし、なんとか、なると思うんだ」
「そう、この言葉を言う日はまだ先かと思ってたけど……旅立ちたいなら、この私を倒してから行きなさい」
「え?」
ソアラの閃光とも言える拳がクリフのボディにめり込んでいた。
「ぐっ、はぁ!」
前かがみで腹を手で抑えたところにクリフの頭を抑えたソアラの右ヒザがくる。
彼女の必勝パターンだ。
クリフは腹を抑えていた手を咄嗟にガードに回す。
ヒザの衝撃に耐えて代わりに彼女の右脚を取る。
そのまま腕をずらし足首関節を極めようとするが型に入ろうとした瞬間ソアラの左ハイキックが顔面をとらえようとして、あっさり右脚を放棄し、ガードする。
一歩さがり、距離をとる。
ソアラの術が解けたリーネがポカンとしてる。
「な、なによ、魔女と弟子でしょ? こう……魔術対決とかじゃないの?」
「思いっきり肉体言語ですね」
ナルセが答える。
一同の前でハイレベルな打撃と関節技を交えた肉弾戦の攻防が繰り広げられる。
「どうじゃ、フジクロ。あれに勝てるか?」
「ん~どうだろうな、二人とも本気でやってるようには見えないが、ま、この時点で格闘戦なら難しいな。捕まえることが出来ればワンチャンあるかもだが、どちらも見た目だけじゃわからないからな」
「ほほぅ、うちのリーダーでもだめか?」
「ダメだろうな、俺はホラ、ナイフがないと」
フジクロもガンテツも魔術の師匠と弟子の攻防に見とれていた。
朝から始まったその攻防は昼過ぎに決着がついた。
魔女も少年も一度も魔術らしいものは使わなかったらしい。
途中で木刀を魔女が出して剣術で闘ってた。
結局、魔女ソアラの圧勝だった。
「ふぅ、やっぱりまだまだね。それでも、行きたいのね?」
ぶっ倒れてるクリフを見下ろし魔女は問う。
「はぁ、はぁ、やっぱ……かなわない、な、ソアラはすごいや……でも、僕は行きたいんだ」
「わかりました。君の決意が固いことは。でも私に負けたから……う~ん、よし、私も一緒に行きましょう」
「え?」
「あの神父の思惑に嵌るようで癪ですが、君にはまだ保護者が必要、だからね」
「い、いいの? ソアラ?」
「ええ、人の世は捨てたつもりだったけど、ま、いいわ」
こうして神父と冒険者四人、少年クリフと魔女ソアラの旅が始まった。




