第78話 少年
第2部スタートします。
少年は物心ついた時からソアラと暮らしていた。
彼は小さい頃、森の中に捨てられていたらしい。
そこをソアラに拾われ、育てられた。
ソアラは彼に色んなことを教えてくれた。
それは喋る、読み書き、本を読むといった言葉の使い方。
それは森での歩き方に始まり、天候を読み、植物を見分け、動物を狩る、といった森での生き方。
それは狩った動物を捌き、仕分け、食事を造る、洗濯し、掃除するといった生活の仕方。
それは剣や槍といった武器を使い、獣や人との戦い方。
その他にも色々なことを彼はソアラから学んだ。
彼はどんどん逞しくなっていく。
それに伴い、大好きなソアラの役に立ちたいといつも思っていた。
「どう? 早い?」
「私の昔の知人の方が早かった」
「どう強い?」
「私の昔の知人の方が強かった」
彼はなにかできる度にソアラに聞くが彼女はいつも無表情にそう答えた。
だから彼は努力する。
大好きなソアラにすごいね、と言ってもらいたい。
ただそれだけの為に彼は努力する。
ある日、彼等が住む周辺に暴れん坊の厄介なオスの灰色熊が現れた。
ソアラに近づくなと注意されたが少年は三日かけてその巨大な灰色熊を仕留めた。
「どう? 僕一人で倒したんだよ!」
「私の昔の知人なら二,三時間で戻ってきただろう」
またもソアラは無表情で答える。
少年にはまだまだ努力が足りないらしい。
もっと頑張らねば!
少年はそう決意するのだった。
ソアラの森。
そこは深い豊かな森だ。
様々な動物が生息し、豊かではあるが危険も多い森だ。
別名迷いの森。
現地の者は知っているルートしか通らない。
決して奥地には入らない。
なぜなら奥地には恐ろしい魔女が住むと言うからだ。
その名もソアラ。
魔女ソアラが住むからソアラの森なのか、ソアラの森に棲んでいるから魔女の名前がソアラなのか。
森近くにある二百年の歴史を持つコアド村ができる前より魔女はそこにいたと言う。
その森の奥深く、地元住民さえ足を運ばない場所に五人の男女がいた。
彼等は一月も前からこの森の中を行ったり来たりしていた。
地元民が森を歩く格好でもない。
冒険者、だろうか?
「なぁ、神父さん、本当にこんなとこに人が住んでいるのか?」
狩人風の中年の男が嘆く。
「人じゃねぇ、魔女だよ、魔女」
髭面で岩石のような肉体の男が答える。
ドワーフか?
「私も教会から指示されただけで、本当にいるのかどうか……」
神父と呼ばれたであろう、黒づくめの男も答える。
「あんた達もコアド村で聞いたでしょ? この森で間違いないって」
全身皮のスーツをきている女性が断言する。
「それも年寄りが自分のひいばあさんが話してた、て眉唾もんのヤツだけどね。」
弓持ちの女が力なく言う。
「今までハズレばかりだったんだからもういい加減当たって欲しい、てのはあるな。”森の魔女”の話がでたのはコアド村が初めてではないし」
「まぁまぁ、皆さん、地道に頑張りましょう」
「そりゃぁ、俺たちは報酬さえもらえればそれでいいが、な」
「しかし、この森は厄介ね、こんなの初めてだわ」
「今日のはルート12のBか?」
「いや、ルート12のB-4だ」
「迷いの森とはよく言ったものよ」
「ちょっとでもルートをはずれるとマッピングが役にたたないなんて……」
冒険者達ががそんなグチをこぼしていた時だ。
辺りの木々を震わすように唸り声をあげ、奥地から巨人が現れた。
「巨人だ!!」
「皆! 構えろ!」
冒険者らは落ち着いて迎撃態勢をとる。
……まずいな
陰から冒険者たちを見ていた少年は考える。
あの巨人は自分のテリトリーさえ犯さなければ他者に攻撃をかけることはしない。
今回のも、ただの脅しだ。
冒険者らも撤退したらいいのに、防戦の構えだ。
冒険者たちに死者やケガ人がでても後味が悪い。
巨人がケガしたり倒されたらもっと最悪だ。
巨人の仲間が集まってきて大騒動になってしまう。
大騒動になると森の静謐を好むソアラが嫌がる。
ソアラは無表情で無感情だが好き嫌いははっきりしている。
仕方なく、彼はこの事案に介入することに決めた。
(こんなことには勿体ないけどペシの薬を使うか)
少年はすぐに音を立てず、気配を消しつつ、木を伝い、巨人に気づかれぬよう背後に回る。
(ここからならいいかな?)
少年は慎重に狙いを定め、ペシの薬を塗った矢を弓に番え、放つ。
放たれた矢は巨人の首筋に正確に刺さった。
その途端、巨人は目を回し、大きな地響きを立てて取れる。
対峙してた冒険者たちはあっけにとられた。
まだ自分たちがなにもしてないのに、巨人が勝手に倒れたのだ、無理もない。
しかし、彼等も初心者ではない。
新たに現れた第三者に向かい、警戒の色を強める。
「見て、首の後ろから矢が突き刺さっているわ!」
「人間か!?」
「油断するな!」
彼等は神父を中心にして守るように陣形を組む。
「出てこい! 隠れるなんて卑怯だぞ!」
冒険者リ-ダーが無駄と思いながら声を掛ける。
この言葉に反応すればとりあえず、人語を解する存在だというのがわかる。
すると前方の木の上から反応があった。
「あ~、君たちになにかするつもりはないよ、ここはその巨人の縄張りだから早くここから立ち去った方がいいよ、ソイツはじきに目をさますから」
まだ幼い、子供の声のようだ。
冒険者たちは目を合わせ小声で打ち合わせる。
「聞いた?」
「ああ、どうやら少年のようだな」
「それよりもここに住んでる者らしい」
「そんな話、村でも聞かなかったわ」
「捕まえるか?」
「魔女の居場所を知っているかもしれん」
冒険者の話がまとまりかけた時に神父が口を開いた。
「まぁ、待ちたまえ諸君、大事な森の住人だ。武器を納めたまえ、話ができるらしいし、私が会話してみよう」
「神父様、危険です」
「けど、彼は私達を守ってくれただろう?」
「しかし……」
「まぁまぁ、任せたまえ、子供の扱いには慣れているから」
神父は雇った冒険者たちを下がらせ、前に出る。
「やぁ、こんにちは! わたしはグゥーリィーという。我々の命を助けて頂いて感謝する、姿を見せてくれないか?」
「別に君たちを助けたわけじゃないよ、その巨人が痛い思いをするのが可哀そうだったから、早くどっか行ってくれないかな?」
少年はなかなか姿を見せてくれない。
「ああ、すまない、我々も戻りたいのだが、道に迷ってしまってね、困っているんだよ。どうだろう、お礼をするので道案内を頼めないだろうか?」
「……」
少年は考える。
悪い連中ではなさそうだが裏がありそうな感じもする。
ソアラからは外界の人間とはなるべく接触しないように言われている。
しかし、森で困っている人がいたら助けてあげる分には構わない、とも言われている。
今回はどうだろう?
大人があんなにいるんだ、なんとかなるんじゃないのか?
「あんた達は大人なんだろう? 自分たちでなんとかしなよ」
冒険者たちは目を合わせる。
「俺たちは大人だが、道に迷うこともあるさ、特にここは迷いの森だろう?」
「ねぇ、私達、本当に困ってるの、お願い、助けてちょうだい」
「小僧! 案内してくれたらワシの秘蔵の干し肉をくれてやろう、どうだ、ハチミツもあるぞ」
「わ、私はホラ、この短剣をあげる、すごい切れ味よ! こんな田舎にはない、代物なのよ!」
「み、皆さん、落ち着いて、少年も戸惑ってしまうでしょう」
神父がいきなり乗ってきた冒険者たちをなだめる。
「どうだい、皆、必死なんだ、君が私達を助けてくれると本当にありがたいし、感謝したい。もちろん今言ったお礼もする。どうだい? 頼まれてくれないかい?」
大人は困っているらしい。
ならば助けてやるか。
あの干し肉はうまそうだし、なによりあの短剣は今使っているのよりキラキラしてて本当に切れそうだ。
くれるというなら貰ってやるのも悪くない。
やれ、やれ、仕方ないな、と少年は思うことにした。
「街道に出るまでだよ?」
木の上から飛び降り、冒険者たちの前に現れたのは、表情にまだあどけなさを残した少年だった。




