第74話 リスタート
七大大陸の一つ、ペールナン大陸。
別名 氷結の大陸
大陸のほとんどを雪と氷が覆い、沿岸部にごくごく僅かな極寒に耐える人種が住むのみで、他大陸との繋がりもほぼない、最果ての地だ。
ここに数年前より住み着いた父と娘がいる。
正確には義父と養娘だ。
彼等は宣教師だ。
沿岸部のはずれ村の、そのまた外れに住んでいる。
あまり人が訪れることもない。
なぜならここは自然の神を敬う土地柄で、ヨソから来た他人の神を知らないし、信じる気もない。
そんな村人たちに、あまり見向きもされない彼等だが、それなりの付き合いはある。
今日やってきたきたのは地元の漁師だ。
見た目はほとんど白熊だがちゃんとした獣人だ。
「神父さん、いるかい?」
人気のない、その粗末な教会に彼は無遠慮に入っていく。
「これはこれはアブロックさん、こんにちは。本日どうされました?」
柔和な表情を浮かべ、人のよさそうな神父が挨拶をする。
「ああ、ボウマンがな、網にかかって、この辺で食べる奴もいないしな、神父さんとこの、ホレ、アイツが食べるんじゃないかと思ってな。持ってきた」
アブロックの手招きに神父は外にでる。
気温は0度くらいだろうか?
今日は陽光も差し、とても暖かい。
寒い日はマイナス五十度を超す世界なのだから。
外に付いて行くと、大きなソリに大きく奇妙な形の魚が載せられていた。
「おお、これは立派な、ボウマンですね。アレも喜びます。ありがとう、感謝します」
「は、よせよ、コレはもう死んじまってたしな、悪魔の魚は誰も食べないし、捨てるのももったいないしな。神父さんには娘が世話にもなったしな」
彼の娘はここの養娘と仲が良く、また病気になった時、神父に看病してもらったことがあり、改宗こそしないが、この親子に恩義を感じている。
「じゃあな、神父さん」
「アブロックさんに神のご加護がありますように……」
神父はアブロックの姿が見えなくなるまで教会のドア前で見送る。
「さて……これは重い」
神父はそのソリを引っ張りながら教会の裏手へと行く。
裏手は柵で囲ってあり、家畜小屋がある。
その家畜小屋の前で一人の少女が竜の面倒を見ていた。
「カーシャ、来てごらん、アブロックさんがこんなに大きなボウマンをくれたよ」
カーシャと呼ばれた少女が彼の元に走ってくる。
「うわっ~! 大きなボウマンね、義父さん! これなら三日は持つかしら?」
「やれやれ、こんなに大きくても三日しかもたんか、レグラもずいぶん育ったもんだ」
「ふふふ、レグラはもうこの辺じゃ、どんな竜にも負けないわ」
「そうか、そうか、じゃ今度はまた違うとこで狩りをしよう。行けるかな?」
「大丈夫よ! どんなとこにも行ってあげる!」
「ふふ、そうかそうか」
神父は頼もしそうに養娘を見る。
「お前にはいずれ龍神を従えてもらわねばならん、頼んだぞ」
「任せて、義父さん!」
楽しそうに親子は飼い竜のために一緒に魚を解体するのであった。
◇◇◇
「主様、次は龍乃六条家に出向いていただきます」
俺付きの無表情侍女サナが淡々と俺に告げる。
朝の予定を確認している時だ。
「ん? 何のために?」
俺は素の疑問形で答えた。
無表情サナの眉毛が一瞬、ほんの一瞬ピクっと動くのを俺は見た。
「主様、本来の目的は覚えておいででしょうか?」
「ん? ああ、今はずいぶん子供が増えちゃったな。ちゃんとタマキとランゼのとこにも通ってるぞ?」
無表情サナの眉毛がまた一瞬、ピクっと動くのを俺は見逃さない。
「……ん! あっそうか! ご貴族様、ご令嬢巡りか! もう、なんか俺の中ではすっかり過去になってたな、スマン、スマン」
無表情サナが少しホッとしたような表情をする。
した気がするだけだが……この娘はサキより表情が動かない。
「ご安心下さい。他の公爵家は皆、幼女に変更になりましたので次の六条家でひとまず打ち止めです」
「打ち止めって……ま、いいか。しょうがないな、これが俺の仕事だもんな」
「ご理解頂き、感謝します」
そこへレイリが現れた。
「兄さま、行ってくるわ」
レイリが珍しく、朝から俺の部屋へ顔を出す。
今は育児を乳母に任せ、学校に復学している。
次の子も欲しいがとりあえず卒業するまではそういう行為はしない事にしており、なんとか勉強をがんばっているらしい。
慌ただしく、キスをしてドタバタと出て行った。
お城からはマリーも学校に通いだした。
マリーは後宮に入ってからは家庭教師が付いていたがレイリが復学してからは自分も外の学校にまた通いたくなったらしい。
なので最近は二人仲良く通学する。
と言っても学校が違うので行く先は別々だが。
とにかく水龍・シズクのとこから帰って来てから時間の感覚がおかしい。
時差ぼけ、とでも言うのか?
龍之河レイの言葉通りに神隠しにあってたとしたら、俺が龍神達に連れて行かれたのは別の大陸なんかじゃなくてどこか神様の国、的な異世界だったのではないか、とも思うようになる。
思い返せばヨソの大陸に行ったという証が何もない。
ガンドウ・ロゥワ大陸はちゃんと大陸横断して異文化、というか、その土地の人々を見る機会も多かったが雷龍・ヒカリの時は神殿と近くの海岸の往復しかしていない。
水龍・シズクの時はもっとひどく、住んでた小屋まわりしか移動できなかった。
あれがもし、どこか幽玄な場所だと言われても信じざるを得ない。
まぁこんなことは考えても答えは出ないし、神様たちも答えてはくれまい。
ヒカリはもうここにはいないしな。
確認するためには実際自分で海を渡り、その大陸へ行くしかないが、今のところ、そんな冒険はさせてくれそうにもないしなぁ。
「それで、この日程でよろしいか、確認をお願い致します」
俺のそんな考えをよそに侍女サナはとりあえず最後となる側室候補に会いに行く日程表を俺に確認をとる。
「ん、いいんじゃないか、任せるよ」
「ではこれで手配いたします。いいですね?」
「ああ、頼む」
なんせ俺の中では、つい最近まで山奥で娘と二人で半自給自足だったからな。
こんな立派な部屋にいると落ち着かない。
あまり戻ってきた気もしない。
そんなノリが四、五日が続いていたが、一週間を過ぎる頃にはようやく慣れてきた。
お城暮らし、リスタート、だな。
読んでくださりありがとうございます。




